中央
情報戦士に足止めされて本来の目的であるカウンターへの到着に時間がかかってしまった。カウンターには、緩かにウェーブする淡紅の髪を広げ、肘をついてかったるそうにしている受付嬢が待機している。
「ご用命は〜?」
「帰還報告だ」
「は〜い。作戦番号とあなたの名前」
「作戦番号が645-1017-26、名前はクレフだ」
こちらには一瞥もくれずに書類を並べていく。動作に全く無駄がないので、毎度のことながら感心した。
「は〜い。内容は魔法兵器回収ですね〜。連名者の状況確認を行いますので、証明書を出してくださ〜い」
アシュハイムの湿気でやや萎びてしまった紙を破れないように取り出した。30名ほどの名前とサインが並んだそれをカウンターに提出する。そういえば俺はこの作戦を実に珍しい共同作業だと思っていたわけだが、戦闘が発生する任務以外では頻繁にあったらしい。戦闘任務でも共同はあった方がいいと思うが、かつての利益分配での大揉めが足を引っ張っている。
「確認、承認完了しました〜。ご確認くださ〜い」
定型文を何十回転とさせる者特有の間延びした口調と動作、嫌いじゃない。彼女達がコストを払うべきは人ではなく、書面とその不備だ。……そう思わないやつもいるのはわかるが。
「おかえりなさいませ〜。我々はあなたの帰還を歓迎しま〜す。我らが大地に栄光あれ〜」
「栄光あれ」
さてと、カイエはどこにいるかな。候補は執務室、応接室、それから寄宿舎のフェルミの自室、俺の部屋の可能性もあるか。近い順から当たることにした。
結果として、俺の自室が当たりだった。つまり一番遠い候補が当たりだったことになり、かなりの無駄足を踏まされた。
そして何より一番当たってほしくない候補だった。
自室にフェルミ、カイエ、それからかなり狭そうにしているゲールクリフがいるが、各人、人の私室に勝手ながら入っているという意識は全くないのか、唯一の家具と言えるだろうソファーに腰かけている。妙な光景だ。
「やあ、圏外。郵便受けに苦情が入っていたよ。読み上げて差し上げよう。」
寄宿舎の部屋は階級による差はないものの、階級が上がれば上がるほど、内装が質素か豪華の2択になる。というのも、全く部屋に帰ってこない者と、収入にモノを言わせて家具が増える者に二極化してゆくからだ。俺は暇側だが、部屋は……、どちらに相当するんだ?
「『クレフ殿。先日は武具に関するご指導、ありがとうございました。貴台の下階に部屋を持つものです。お手紙をお送りしましたのは、私の居室の天井にへこみを発見しましたためです。以前、貴台が彫刻品をお部屋に保管されていると伺ったことがありますので、失礼ながらそのことに関連している可能性に至り、ご連絡申し上げました。恐れ入りますが、その点についてご相談申し上げたく思います。』だそうだよ。」
「クレフ、そろそろ床が抜けるわよ。歩くと平衡感覚がおかしくなるもの。」
「どっかで工房でも借りたらどうだ。この部屋、このソファー以外全部彫像じゃあないか。ドアを開けたとき、ちょっと幻覚でも見えたかと思ったよ」
言われてみれば、ソファー以外には、……奥の方に机はあった気がする。窓は換気のために開け放たれているが光は遮られているし、やや暗いかもしれない。暗い中に色のない彫刻群が大小合わせて数十はぼんやりと浮かび上がっている。いい景色だと思うんだがな……。
「悪かった。闘技場から離れ過ぎたせいでおかしくなってしまったんだろう。俺は魔法使い連中との伝手があるから、精神の療養にいい病院を紹介できるぞ」
憐みの目で見られているような気がするが、気のせいではないだろう。賞賛されるならまだしも、狂人扱いされる所以はない。これだから芸術の素養のないやつは嫌だ。……俺も芸術に素養があるとは言い切れないが。
確かにレイアウトへのこだわりがないのは批判の対象となるのもわかる。もっと整然と並べればそれなりに圧巻の光景なのだ。見よ、今まで目にした美しい造形をモチーフとした彫像たちを。魔物、武器、人に、城。実に良い出来栄えだ。自分で言うのもなんだが、ほれぼれする。
「目が怖いんだよ。目が」
「そうね、やたらリアルだし、凄く、何と言うか目が合っているような感じがするわ」
「よくここで眠れるな。お前」
「俺は正常だ。そんなことより試験はどうなったんだ。」
「上手くいったわ。」
カイエはやや誇らしげにニタリと口角を上げた。珍しくいつもの無表情が崩れている。
「そりゃもう、実にね。というか歌以外にも魔法が使えるんだったら先に言えって話さ。」
「よくぞ連れてきた。いい働きだ。これだけの戦力が機関外にあってはいずれか問題になっていただろうからな。仮にこの人材を見逃して帰って来たのであったら、首が飛んでいたと思え!」
「はい。」
縮こまって座っているからだろうか、ゲールの声量が抑え気味だ。というか、俺の部屋に文句を言うのであれば、別の場所で待機していればよかったものを、何故また3人そろってソファーに腰かけているんだろうか?
「おごり高ぶった1級魔法使いが怯えて棄権するのは見物だったぞ。お前も見ればよかったのに。あ、アシュハイムに行っていたか!」
コイツ……。
「そういえば、主はどうなったの?回収できたのかしら?」
「ああ。滞りなく魔法部門の動力に詳しい奴に受け渡した。そうだ、見た事もないでかい船を使ったんだ。都市の中とは言えこことは離れたところに運び込まれた。ここからなら橋梁を使えば見に行けるぞ」
「そう。指輪は?」
「ここだ。忘れないうち君に渡しておこう。」
もともと指輪が入っていた小箱に砕けた破片が収まっている。そういえば何か忘れている気がするが、何だろうか。
「そういえば、あの出しゃばりの古典かぶれには会ったか?古い知り合いでな」
「セローか?セローは演説が予定通りに行かなかったと……」
「上手くいかなかった?珍しいな、何があった?」
大変なことを忘れていた。
「カテリーナが暗殺された。ゲール、機関とカテリーナのつながりについて、何か知っていることはないか?」
空気が凍りついた。
「暗殺……」
「ほう、妙なことを聞くな」
「妙ではないだろう。この中央からほど近い都市で政変に関わる魔法、魔法兵器の存在が20年近く明らかにならなかった。政変時、機関の介入があったにも関わらずだ。意図的に隠されたと考えるのはそれほど不自然か?」
「ちょ、っと待て、機関が怪しいって言いたいのか?」
「それも、政治介入可能な上層部に疑いをかけるとはな。」
上層部にはゲールクリフも含まれる。何せ部門の長、最高執政官なのだから。だが、彼は疑いを掛けられて腹を立てるタイプではない。単純に威圧しているだけだろう。
「機関が往来しているという記録もあった。具体的に誰なのかは明らかではなかった」
「……私の出した依頼をクレフに回してくださったのは、ゲールクリフ様なのですよね。」
黙っていたカイエが口を開いた。
「私はカテリーナの率いる劇団に所属していました。失礼を承知であなたに直接手紙を送らせていただいたのは、中央政府への不信感からです。」
「ふむ。……1つ機関の側から意見をするとすれば、ふた昔前ほどは今よりも魔法兵器の危険性も、有用性も明らかではなかったということだろうか。それから、介入が今よりも厳しい目で見られていたということもあるだろう。」
だから看過された、ということか。
「アシュハイムが機関の傘下に下ったのは政変の後だろう?ならなおさら魔法にはテコ入れしにくいじゃないか!」
そう機関を擁護するのはフェルミだ。こいつに帰属意識があるとは思えない。俺が変な方に走るのを阻止したいのだろうか。
「だが、政変の首謀者たるカテリーナは、計画に魔法を用いた。彼はアシュハイム生まれではないから、王家の血縁でないのは明らかだ。魔法に関する協力者があったはずだ」
「じゃあカテリーナ暗殺は王家の人間の復讐ということでいいんじゃないかしら?」
該当者が約1名に絞られた。……今日の出来事について君にはアリバイがあるだろうが。フルフェイスかぶっていたらしいが。
「……」
「どうしても機関を疑いたいらしいが、やめておけ。無理があるぞ」
フェルミがやや顔を青くしながら俺を説得しようとしている。
「そういえば、カイエゲルダ。俺の名前はどこで知った」
「それが、幼いころに誰かから言い聞かせられたと記憶しているのですが、朧気で……。」
「アシュハイムで俺が関わりあいのある、となれば……。あの弁舌家と、王室のご夫妻と、その娘……。」
「ミケラゴーシュに会ったことが?」
「呼ばれたと思ったら、離宮の見世物でなんだ、よくわからない生き物と戦わせられた!」
「別に知り合いじゃなくたって、ゲールの名声はアシュハイムに届いていて何らおかしくないさ。先の制圧戦争の立役者なんだぞ」
「カイエはクジラ座の外とはあまり交流がなかった。それはあまり考えにくいんじゃないか?」
「ゲールクリフ様が実在の人物だと知ったのもごく最近の事です」
「なんだと思ってたんだ」
「正義の概念?妖精みたいな……」
この大男が妖精か……。
「レインハイム。一度顔を見て、声を聴き、笑いあった人間を憎むのは、敵を作り出すよりもずっと難しいことを忘れるな。議会の連中はさぞ愉快なお友達だったろうが、奴らとて政治家だ。」
「肩入れし過ぎるな。敵を見失うぞ」
「……わかった。」




