賭け
機関に戻った時にはすでに夜更けだった。ロビーはおそらく賭けに興じている、あるいはいただろう人の並々ならぬ熱気で賑わっていた。何か面白い試合でもあっただろうか。博徒達は、出場者名簿を片手に明日の試合の予想を立てるべく、機関に戻ってくる連中を値踏みするように見ては、何かメモをとっているのですぐにわかる。よく当たる予想を立てるらしいやつの前には人だかりができていて、らんちき騒ぎの様相を呈していた。こちらが情報屋として懇意にしている顔触れがチラホラと見えた。彼らはいかにも商売のチャンスと言った様子を隠そうともせず、言葉巧みに情報を売り捌いている。出場者側とも何かとパイプのある連中が多い。
ちなみに賭けは小さく勝つか、大きく負けるかになりやすいのだが、「よく当たる」情報と賭けの裏には八百長があったりなかったりする。実力の拮抗しやすい2、1級では特に盛んだ。辟易する。
「やあ、クレフじゃないか。元気かい?」
声のした方に視線をやると、短めの茶髪を遊ばせた胡乱な雰囲気の女が立っていた。彼女は確か……以前5級の引率中に、彼らと逸れた際に安かったから依頼した情報屋だ。
「それなりだ。それよりなぜ中央に?前会ったのは……フロンティア観測地帯だったか」
「おお、覚えててくれたか!人攫い事件ではどうも。そりゃあ、情報屋としてこの階級検査に注目しないわけには行かないよ」
彼女は猫のような目と口角を上げて笑った。しかし、カモを見つけられているわけでもなさそうだ。まあ、俺が5級探しを依頼した時も俺の方が先に見つけたくらいだ。腕は良くないのだろう。
「そういえば、クレフは試合に出ないのか?」
と手元の名簿と睨めっこしている有様だ。これで生計を立てているならば早急に転職するべきだろう。
「諸事情でな。」
「それは残念だ!ご主人からは君がとても強いと聞いていたからね」
「ご主人?」
「こっちの話さ。」
と後ろに組んだ手を伸ばして、彼女はその場でくるりと俺に背を向け人混みに紛れ……どっか行った。なんだったんだ。
と同時に人混みをかき分けてこちらに向かってくる小男を捉えた。歴戦の情報戦士だ。
「よおクレフさん久しぶり、さっきの女誰だい?知り合いか?」
これは質問攻めがくるぞ……。こいつは悪名高い機関専門の記者だ。何冊の暴露本を出され、何人が撃墜されたかわからない。かくいう俺も数度すっぱ抜かれている。こいつに対しては特に、迂闊に口を滑らさないように気をつけなければなるまい。
「あんたの情報網を持ってしても分からないとはな」
「んだよお、俺が人間一人ひとりマークしてるわけないだろ」
それもそうだ。こいつは情報を入手するより扱いやすいように加工する方が本業だ。
「フロンティアの情報屋だ。検査に目をつけて来たらしい。あまり向いているとも思えないが」
「ふうん、そりゃ妙だね。ここでどんなに儲けたってここまで来る費用の方がでかいってもんだ」
何か別の目的があるんだろうと、呟きながら頭を掻いた。
どうも直近、何かの予兆か如くいざこざが起きている。別の目的があってもおかしくないだろう。
「そんなことより、今日の検査は見たか?あんたみたいなイレギュラーがいなくなってこっちはちょっと安心してたんだがよ、なんなんだあの水色の女は。名簿にも名前がないしよ」
お、カイエのことじゃないか?やはりというべきか名簿の追記作業は終わらなかったか。昨晩大激怒している事務方に頭を下げた甲斐あって、彼女の出場は認められたが……。
「知らないな。どんな試合だったんだ?」
「ふうん。知らない、ね。しら切ろうったって無駄だよ、クレフさん」
情報屋は口元だけに笑みをたたえた顰めっ面でこちらを見上げた。素直に答えた方が良かったか?相手に詮索のきっかけを与えてしまった。或いはただの脅しか。試合を見たか聞くということは、今日俺がアシュハイムを再訪していたことはまだ知らないのだろう。多分。
「彼女が誰か、見当はついているのか?」
「やけに慎重ですなあ?訳ありらしい。……まあ、あんたにゃ妻が世話になったしな。商売はなしにするか。」
そういって筆記用具を懐にしまった情報屋だが、これで油断してはならない。お仲間が後ろに控えていて記録を取っていた実績のある男だ。いくつもの不正がこの男によって挫かれた。ある意味では公正の番人なのかもしれないが、それにしては悪意の塊のような人間だ。
「同業者の中には、余興に呼ばれてたカイエゲルダと似てるって言ってるやつもいたけどな、フルフェイスの兜で顔は見えなかった。そもそも、ただの女優にあんなことが出来るか?」
顔が隠れていてわかるとは随分な玄人もいたものだ。
「あっという間に連勝して明日の1級トーナメント出場が確定だ。出来レースでもしてんのかってくらいあっさり勝っちまう。おかげで大負けした奴が大勢だ。あんたの時の再来だって言われてるぞ。俺からすれば、そこまでじゃないがな……。」
「ほう、そんなに強かったのか」
何となく誇らしいものがある。
「強い……いや、わからんな。わからん。身のこなしは確かに見事だった。しかし、なんというか変な試合だったよ。突然対戦相手がその場から動かなくなったり、試合を捨てて逃げたりな。特殊な魔法だろうが、1級上位の魑魅魍魎に通用するかは怪しいと言った程度か。」
「そんで、クレフさんよ。あんたアシュハイムに行ってただろ?というか、カイエゲルダの送迎をしていただろう。何か知らないのかってね。」
なるほど、さっきのはハッタリだったというわけだ。ちょっとばかり勘違いをしているらしいから、それに便乗しよう。
「確かに先日アシュハイムに行っていたのは余興に出る彼女を迎えに行くためだ。ちょっとばかし面倒ごとに巻き込まれて、ギリギリの帰還になってしまった。今日もその面倒ごとの後処理でアシュハイムに行ってたから、俺は彼女についてはこれ以上のことは知らないぞ。」
情報屋は目を左右に動かして情報を整理しているようだった。おおかた都市に到着した巨大な帆船と運び込まれていく白い大布に覆われた何かと別の事情を結び付けているのだろう。
……この情報屋をアシュハイムの件にぶつければ、議会の力になるだろうか?いや、やめよう。相手は危険因子を排除する手段に容易に殺人を選ぶ。それをわかっていて焚きつけるのは、やってはいけないことだ。それに、どうせいずれたどり着く。
「なあんだ。……そうか。しかしあんた悉く闘技場から遠ざけられてるね。」
「まあ、そうかもな」
「今年は件の新規さんで賭けは大荒れだ、楽しくなるぞ。そう言えばあんたの相方はしっかり暫定首位だぞ。不服そうにしてたがね。」
情報屋はおかげで小銭稼ぎができると下卑た笑みを浮かべた。
それにしても、よくも取り締まる側の本拠地で取り締まられる行為をやれるもんだ。




