失敗
「しかしまあ、この阿保共が迷惑を掛けなかったか?」
「いえ。それより彼の行動は私が指示したものですので……申し訳ありません。」
俺はまだ椅子から降りられない訳だが、気合で正座している。並べ、と指示されたので、フェルミとカイエは椅子の横に並んでいるのだが、そうじゃなくて俺を椅子から下ろして欲しい。
「責任は迂闊にも術にかかったコイツにある。会話は聞かせてもらった。ずいぶんと強力な魔法らしいな。どれ、他にも指示を出してみろ」
「しかし……」
「聞こえなかったのか?指示を出せと言ったんだ」
「は、はい!クレフ、発声練習」
「え?」
俺の知らない発声練習が俺の口から出てくるのは、そう、かなり気分が暗くなった。何が悲しくて正座で発声練習をしなければならない?ゲールはゲラゲラ笑っているし、カイエはいたって真面目そうだし。
「フェルミドール!今笑ったな?お前は今自分の置かれた状況をわかっていないようだ」
「わ、笑ってないです。……ン、へ゛へ……」
「カイエゲルダと言ったな、別の指示を出せ」
「はい。クレフ、うさぎ跳び」
勝手に後ろ手が組まれる。俺は何をさせられているんだ……。劇団のトレーニングメニューか?椅子からは降りられたが、不本意だ。
「ほう……なるほど。確かに強力らしい。そうだ、今から俺のいう指示を出せ。いいか?俺に切りかかれ」
「は……?」
目を見開いて声を漏らしたのはフェルミだ。空気が色を失ったとでもいうべきか。どうしてこのどす黒い重圧の中でうさぎ跳びをやめることが出来ないのか。
「ゲール、無駄だ。俺には攻撃禁止の命令も下っている。あんたの望む検証は出来ないぞ」
いかんせん前方にぴょんぴょん飛びながらなので、声が揺れる。
「カイエゲルダ。指示を出せ。さもなくば、貴様がこの都市に足を踏み入れる時は二度と来ない」
「カイエ、指示を出せ」
「クレフ……、ゲールクリフを切りなさい」
まあ、日ごろの鬱憤でもこめてやるとするか。
引き抜かれた大剣の切っ先が踊るような軌道を描いてその持ち主ともども宙で半回転し、……部屋の天井が高くて助かる。おかげで高さという優位を得られるのだから。――死の宣告かの如く何の構えも取らないゲールクリフに振り下ろされた。
「ひ……」
誰かの息をのむ様な悲鳴、状況的にカイエだろう。とほぼ同時に、ゲールがその細身の緩く湾曲した剣を取り出したのを視界が捕らえた。カウンターが来るか?現状、攻撃できないという歌による命令を落下という物理現象で補っているため、俺は今現在よろよろの太刀筋と共にただ落ちている間抜けなのだが、ゲールはどう出る?パリイにしては初動が遅い、こちらの攻撃力も不十分だ。いなされて反撃、それも違う。
……俺が避けないと、落下した剣が当たる。
「っ……!」
剣の柄を捕まえてゲールに背を向ける方向に乱暴に落とした。切っ先は宙を切って、鈍い音と共に地面にたたきつけられる。……冷や汗かいた。あと少し判断が遅ければゲールに当たっていたいたところだ。そして、まだ空気は重圧に縛られている。いつの間にか、俺の首筋には背後からゆったりと伸びる、最高執政官の鋭利で冷えた刃が当てられていた。
「良いか、カイエゲルダ。ここ機関において、貴様らの判断など河原の小石に等しい。それを忘れるな」
ゆっくりとその長剣、刀と言ったか。が俺の首の表層をなでながら後ろに引かれていく。冷たさにも似た妙に鮮烈な痛みに顔をしかめる。暖かい何かが首を伝う感覚があるので、おそらく切れた。ゲールは刀を拭っているらしい。その長い刀身が空を切る音がしたのち、空気を一変させた力の象徴は硬質な音を立てて鞘へと収まった。
「で、歓迎パーティの計画は思いついたか?馬鹿たれ共!無論、余興で歌ってもらうのも大歓迎だ。お歌はいい。誰でも楽しめるからな。丁度今年は拡声器を使ったパフォーマンスを用意していたところだ。ぞんぶんに扱え!」
「し、しかし、やや狡くはないですか?これだけの力を戦う前に行使されるのは……」
「何時いかなる時も警戒を怠らないのが我々の仕事だ。歌なんぞ、耳を塞げば聞こえん!既存の環境に拘泥する馬鹿たれ共のケツに火をつけてやれ!」
俺は、首の切られ損。
「クレフ……!本当にごめんなさい。私がもっと慎重になるべきだったわ」
「構わない。俺にとってもいい授業料になった」
「そうだ馬鹿たれ1、よく戻った。アシュハイムでの収穫はその女だけとは言うまいな。何があった」
思ったより傷が深い。抑えている手指の隙間から血があふれて、白い制服の襟元が真っ赤に染まり始めている。
「……、あ~プローディトーレが出たそうです」
「事情はカイエゲルダと、馬鹿たれ2に聞けばいいか。すまんな、これをやる。お前はそれでも巻いておめかししておけ。しかしその呼び名、いつ聞いても覚えにくいな。魔法兵器でいいだろ」
包帯やらなにやらが投げてよこされた。しかし、あのアシュハイムで目立った怪我もなかったのは奇跡だ。はあ。カイエが心配そうに見ているので、適当に手を振った。……今回の検査で上手くやって1級になったとして、今後の検査ではある程度手の内を明かした状態になる。彼女は大丈夫だろうか。まあ、何級になったとして彼女が許すなら連れてきた責任を取って手助けするつもりではいるが……。幸い圏外の特権とでもいうべきか、俺には十分な余暇がある。俺がアシュハイム以外に最近こなした依頼と言えば、5級や2級なんかの無駄死に回避のための付き添いだ。重要な仕事だとは思うが、あまり面白いことも起きない。ああ、ゲールには報告したことになるだろうが、一応受付で調査報告の申請をしなければ。
厄介なことに、意識してしまうと傷はどんなものでも痛いもので、何か別のことを考えているのが良いように思った。そういえば魔法兵器はどうやって運ばれてくるんだろうか。方法は船になるだろうが、乗せるのは難しいだろう。網でもかけて運ぶんだろうか。
包帯を巻き終わったときには、あらかた事情の説明は済んでいたらしい。ゲールが難しい顔をしている。俺は何が起きていたのか、正直あまりわかっていなかったから、魔法に詳しい連中の方が説明は上手くいくのだろう。
上着は……、血まみれだし自警団に切りかかられた跡もついているから補修しないといけない。血で張り付いてきて不快だからとりあえず脱ぐ。そうこうしている内に、肩の荷が下りたのか少しすっきりした様子のカイエがこちらに振り返ったが、俺を見て一瞬顔を曇らせた。
「クレフ、明日にも魔法兵器を回収しに行くことになったわ。カテリーナの弾劾は回収が済んでからだそうよ。お手紙は私がかいていいって。」
「事後処理にしてはやたら前のめりだな。そうか、君の魔法が4日間の制限付きであることを考えると、魔法兵器が沈黙しているのが魔法の効力だった場合が危険なのか。」
「そういうことみたい。私は明日検査を受けなくちゃいけないから、その作業には別の人員が当てられるそうよ。」
別の人員というのは俺になる可能性が高いだろうが……。魔法兵器との再会を喜ぶべきか。
「……カイエ、指輪についてなんだが、今ベッケンが魔法兵器の体と共に厳重に保管していて――あの魔法兵器は機関に回収されれば必ず砕かれる。議会の連中は指輪を保存しておきたいようだ。暫定、直して墓に供えようとなっているが、君は、どう思う」
カイエが王家の後継ならば、あの指輪は彼女にゆかりのあるものじゃないか?決定権はやはり彼女にあるように思う。彼女は少し苦い顔をした。
「……わからないわ。」
「そうか」
「ねえ、上手く言えないのだけれど」
彼女は言葉に詰まったのか、目を伏せている。
「自分が誰かも、自分が何を愛していたかもわからない程壊れた人がいたとするわ。」
「彼は自分という微かな存在の拠り所を、自分を愛した誰かがいた証に求めていたの。」
「……」
「その指輪が、尊厳ある彼を知り、それを望む多くの人の元にあるべきか、それとももう彼ではない彼のもとにあるべきか。私にはわからないわ。」
誰のために彼の死を、彼が愛されていたことを証左すればいいのか、わからないと彼女は言った。
彼女は俺の理解を超えた先で悩んでいるように思った。――俺たちが倒したのは魔法兵器であって狂った王ではなかったはずだが、彼女の目には何が映っていたのか、知る由もない。
「答えが出るまで、君が持っているのはどうだ?彼のために悩む君自身が、彼がいて、愛されていた証拠じゃないのか。無責任なようだが、俺はあの指輪の行方についてあずかり知る所ではないと思うんだ。」
魔法兵器は不死だ。暗闇で砕けた他の個体と混ざりあいながら苦しむ彼の声を誰も聞くことは無い。
「……ありがとう。あとは指輪に聞いてみるわ」
彼女は冗談めかしているが、本当に指輪と喋れるんじゃないだろうか。彼女はそういう浮世離れした雰囲気がある。




