血統
「一昔前に魔法兵器の研究が流行ったことくらいは知っているだろう?あの時に、血族以外でも魔法が使える方法はないかという模索があった。結論から言うと試みは成功した。道具さえあれば素質の弱い者でも魔法が使えるようになったのさ。ご存じの通り、発狂死する人間も増えたという始末だ。」
「……魔法に関する底上げがなされて、かつ素質のあるやつはさらにその腕を上げたということか。」
俺も適正検査のようなものを受けさせられて、道具らしきものを扱った覚えがある。全く素質のない事がわかったのだが。
……そういえば、アシュハイムの事件はカテリーナによって引き起こされたが、彼は王家の眷属でもなければ、自分でも書いていたように魔法の素質はないはずだ。エリスと、ミケラゴーシュの処刑は17年前、研究してた彼らが魔法の第一世代……その成果を横取りできたということは……魔法を使える誰か、王家の直系がカテリーナの側にいたことになる。政変後も魔法使用の痕跡はあった。行使していたのは誰だ。カイエは、何歳だ?見る限り、政変に直接関与できる年齢ではないが……。王家の他にもカテリーナ本人が祝福を受けた可能性は考えにくいか?祝福はそう簡単に受けられるものだろうか。だが、明確なことは日記には書いていなかった。調査が待たれるだろう。
というか状況的にカイエは確実に王家の血族だな。俺は相当無礼を働いたのではないか?いや、王家じゃなくとも無礼を働くべきではないんだが……、そういう問題でもない。
「そういうことだな。おい、圏外のせいでカイエゲルダの話からそれたじゃねえか。」
「すまない。」
「……」
「しかし意思を操る魔法とは、せめて発動条件を教えてくれ。さもなくば君は私の敵だ。」
単なる脅しとはいえ、フェルミは腰に下げた細身の剣に手をかけている。やや空気が冷えた。
「発動条件は歌よ。初めから終わりまで聞いてもらわないと発動しないわ。」
「それはわかりやすくて助かるな」
空気のひりつきなどものともしないカイエに、視線を左上に向けて変な顔をしているフェルミだが、真面目に何か考えているのだろうか。
「先の戦いで短い歌の重ね掛けをしていただろう、どこまでを歌と解釈するかの裁量はカイエの方にあるんじゃないのか」
「あら、気づいていたのね。でも少し違うわ。あの魔法はたぶん、私も対象の相手も歌が始まって終わった、と認識しなければ上手くかみ合わないの」
「歌、歌ね……。余興は使えるんじゃないか?」
「余興?」
なにとなく窓から見える闘技場に視線をやる。闘技場の石壁がとりどりの魔法で彩られている所だった。もう少し機関につくのが遅ければ嘲笑される前に階級検査の事を思い出したなと、少し損した気持ちになった。余興。俺が出禁になる前は余興と言えるものはゲールのスピーチくらいだったが……。
「出禁は知らないだろうが、最近の階級検査は試合前に余興をやるんだ。派手な時だと、確か花火に見せかけて時限式の爆発魔法がぶっぱなされて、魔法使い連中が大慌てで解除するなんてのもやっていた。」
「それ、観客はなんだかわかってるのか……?」
単なる地域住民も見に来るものなのだが。
「わかってないさ。だから余興は大人気だ。まあ、心配するな。安全には十分配慮されてるはずだからな」
「聞き捨てならないわね。」
「だが、ゲールに進言したとして、カイエを余興に出すことは出来なくないか。直前にもほどがあるぞ」
「意思を操るのはどうだ?」
「え……嫌よ。そんな反乱分子みたいな真似」
「機関ではそういうクーデターなぞしょっちゅう起きるさ。意図せず起こることもあるがね」
「政治部門以外はな。」
「安心したまえ。ゲールクリフは勇者部門の最高執政官であるだけで、機関最高権力者じゃない。君が何かしでかしてもゲールが失脚するだけさ」
「私、とんでもない悪事の片棒を担がされようとしてない?」
「言っただろう、軽薄で失礼なところには目をつぶれば信頼できると。……ゲール失脚で困るのは俺たちだからな」
「ふん、つまらんやつだ。まあ、余興はゲールが勝手に直前の思いつきでやってるから問題はないと思うがな。」
「とりあえず、ゲールの帰りを待つか。俺はまずアシュハイムの件について報告がしたい。」
それから、はやく宿舎に帰ってあの主の姿を描きうつしたい、さもないと忘れそうだ。あのうつくしい姿はなんとかして、なんとかして彫刻作品として残したい。砕かれる前にもう一度見られればいいが、それは難しだろう。なぜあの時スケッチしなかったのか。ああ、あの迫力を表現するためにはかなりのスケールを要するな。だが、小さいサイズでの表現も捨てがたい。その場合は、羽を簡略化して……そうだ、新しく買った彫刻刀を試したい。材質は、……そういえば、魔法兵器の体からは加工品が作られるくらいだ、きっと加工はそれなりに簡単だろう。俺も使ってみたい。が、あの事態を引き起こした物質を部屋に保管するのは嫌だな……。
「おい、何考えてる圏外、戻ってこい。魔法兵器絡みであれば、私も話が聞きたい。」
フェルミが俺の目の前で手のひらをひらひらした。
「それと、カイエゲルダ、機関は実力ある魔法使いを歓迎する。ようこそ、ヴェルギリアへ」
「え、ええ。どうも……」
突然カイエの顔を覗き込むようにお辞儀をしたフェルミに、カイエがややたじろいだ。
「試しに歌ってくれないか」
「やめとけフェルミ、4日間効果が切れないぞ」
「クレフは歌の影響下にあるわよ」
……しまった。そのままフェルミを的にしておけばよかった。
「へえ、なら操れるのか?」
「ええ。成り行きで命令をきかせるために私を主人だと認識するようになってるわ。それから、反撃も出来ないわ」
「まあ、……うん。」
「お前、闘技場出禁で良かったな」
一理ある。今この状態で闘技場など出ようものなら、何の攻撃もできないままにボコボコにされていただろう。しかし、フェルミがこんな同情的な態度を見せるとは。
「じゃあ、コイツをゲールの椅子に座らせることもできるのか?」
前言撤回。フェルミは正面の高級そうな机に付随した大きな背もたれの椅子を指している。
「クレフ、あの椅子に座りなさい」
「俺で遊ばないでくれ」
クソっ体が勝手に椅子に吸い寄せられていく……だが、一度座ってみたかったんだ……これは俺の意思だよな……?うお、とてもフカフカ。最高級の座り心地だ。
……座ってみてわかったことがある。執務室の扉が開いているということだ。そしてその奥に、いつもは着ていない制服に、いくつもの勲章を輝かせた威厳ある体格のいい大男が立っている、ということだ。
「……お遊戯は終わったか?その椅子に座るとは、余程俺の失脚を望んでいるらしいな」
カイエ、おろしてくれ。椅子から……降ろして……。
「そこに並べ、馬鹿たれ共!」
執務室に怒号が響き渡った。




