機関
「ここが、中央。大きいわね……」
中央都市ヴェルギリアと呼ばれるこの都市国家は、数ある都市の中で唯一複数の釘と常備軍を有し、人口はその数にして40万を抱える。政治、文化、金融、全てにおける中心地として栄えるこの都市を堅牢たらしめるものこそが、機関である。現在、ほとんどすべての都市国家はヴェルギリアの傘下にあり、その広域にもたらされた平和は人々に未来の存在を信じさせるほど、これまでになく永く続いている。
「確かにでかい。帰ってくるたびに思う。どうする?少し街を歩いてから機関に向かうか?」
「いいえ。お金もあまりないし、機関に直行したいわ」
「了解した。あの凱旋門を直進すれば機関につく。はぐれたら機関で落ち合おう。」
「はぐれかねないわね。もうすぐ夕暮れだというのにこの人だもの。アシュハイムとは全く違う場所に来たのね……」
言われてみればまるで違う場所だ。個人的にはアシュハイムの薄暗く湿気た雰囲気にはやや思うところがあった。乾燥した大気と、魔法による街灯、人々の喧騒。聳え立つ山のように、暗く荘厳に佇む機関の城の麓に広がる不夜城の眩しさが、懐かしさと共に、心に平穏をあたえた。
「そうだカイエ、あれが闘技場で、あれが貸本屋だ。服飾系の店は……確かあっちの通りだな。念のため機関の金払いの話をしておこう。」
「正直言って、何もしなければ賃金は低い。」
「大丈夫よ。クジラ座は年中無給だったわ。」
あまりの衝撃にカイエを窺うと、持っている金はすべてお布施によって内密かつ個人的に手に入れたものだという。カテリーナは訴えられるべくして訴えられたらしい。
「……じゃあ、大丈夫かもしれない。それから、ルールを順守して、闘技場で実力を示し、依頼を回してもらえば相応の対価は得られる。俺は勇者の中で底辺レベルの薄給だ。参考にはならない」
カイエはかなり怪訝そうな顔をしているが、こればかりは事実なので仕方がない。
「勇者も、魔法使いも、強ければ強いほどより困難な依頼が回される。強さは、受けた依頼の達成率や、それから半期に1回行われる闘技場での検査によって測られている。」
検査と言ってもただのトーナメント戦なのだが。
「まあ、依頼の未達は大抵の場合死亡を意味する。したがって主に実力の指標となるのは闘技場での活躍ということになる。」
再び少し景観から浮いた闘技場を指し示す。石で組まれたその円型の建築物は、遺物にあった設計を参考にしたらしく、建設当初は景観を損ねると大反対にあったらしい。俺も変だと思う。……今では一大見世物として人気を博しているが。
「危険な依頼を避けたい場合もあるだろう。賃金は少し下がるが、要望は通る。機関にとっても人材は貴重だし、他所に流れないよう細心の注意を払う必要もある。待遇は他のどこよりも良いと言っていいだろう。」
この都市は、半ば同業他者の参入を防止する目的で作られた、機関による莫大な設備投資のようなものなのだ。すべての物は機関のためにある。参入という話で言えば、傘下の都市からも資金を徴収しているため、誰も機関以外に依頼を出そうとは思わない。同一内容で既に金を払っているサービスがあれば、それ以外に金をかけるのは非合理的だ。そして何より、自前の軍を用意するより安上がりだ。
「クレフ……なんだか視線を感じるわ。私、何か変かしら?」
「へっ!?」
彼女はやや不安げに眉をひそめているが……、彼女が目を引く容姿なのは間違いない。気にしてみれば、通りすがりに彼女を振り返る人の何と多いことか。(俺も振り返るだろう。)……俺は視線にさらされることが多すぎて慣れて鈍感になっていたが、彼女は舞台から出たことがないのだ。道行く人に見られる経験はないのだろう。
「あ、ああ。ここは品定めするような人間が多いからな……気にする必要はない。不快だったら顔を隠すと良い。俺は一時期そうしていた。」
「私が変というわけではないのね。ならいいわ」
彼女のあっけらかんとした口調には救われるところがある。
「機関に入ったら、私も闘技場で戦わなければいけないの?少し怖いわ」
「残念だが、そうなる。勇者と魔法使いは部門が別で、……これは聞いた話だ。最近の魔法使いはそれほど好戦的な連中ではない。……闘技場は賃金交渉の場でもあるんだ。観客に向けた、機関のパフォーマンスでもある。八百長も横行している。上位勢でもない限りそれほど戦いに命を懸ける者はいない」
「じゃあ、舞台のようなものね。楽しみ。」
困ったな、彼女かなり闘技場向きだ……。興味がありそうだから、もう少し情報を足しておこう。
「勇者も、魔法使いも闘技場での戦績に基づいた階級付けがある。階級は5つあって、5級から1級まで。君は……魔法そのものの強さで言えば2か1に値するだろう。」
魔法使いの中で魔法兵器と渡り合える者など、ほんの一握りだ。間違いではないだろう。
「発動条件が難点ね」
「そういうことになる」
「そういえば、あなたは何級なの?」
アっ……聞かれたくない質問が来たぞ……?墓穴を掘ったな。
「その、失望しないで欲しいんだが、俺は、その……圏外だ。」
「……圏外」
「圏外は実質勇者クビに相当する」
「実質クビ」
「闘技場出禁なんだ、俺は。それでランク付け出来ないということで……圏外に」
「闘技場出禁」
カイエがオウムのようになってしまった。
「……あなたって正直な人ね」
許されてないぞ、これは。アシュハイムに来たのがこんな不名誉な奴で、がっかりしていることだろう。
(22024年8月15日)ヴェルギリアの人口をナーフしました。さすがに100万はぶっ飛びすぎだと思いましてね。




