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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
19/102

夜明け

 適当に条件を満たしそうなやつを探す。剣を振るくらいなら誰だってできるだろう、選り好みする必要はない。岸から離れているグループは遠すぎるので除外。海に入って行こうとするやつも除外。歌いと一緒になって歌っているのも除外。まず間違いなく歌の影響を受けているからだ。となるとかなり候補が絞られてしまうわけだが、仲間の入水を妨害している集団を見つけた。とりあえず一匹歌いをつかんでその集団に近づく。

 戦々恐々とした彼らは、消耗の果てに俺を敵と間違えたのか、そのうちの一人が切りかかって来た。浅いものの、しっかりと攻撃が当たった。歌の影響もなさそうだ。足をかけて転ばせる。地面にたたきつけられた仲間を見て剣を引き抜く者、それを止めようとする者、さまざまである。対峙している敵の正体もわからないまま、仲間の声も聴くことが出来ない状況でよくここまで耐えたものだ。耳栓はしっかりと音を遮断しているようだ。歌の影響を受けている者は耳栓を外してしまっていた。緊迫した状況で五感が制限されているというのは確かに中々キツイだろう。攻撃手段が音であるこの状況で、それは悪手と言わざるを得ないが。

 わけもわからず俺を攻撃しようとする数名をいなし、対話を試みる。筆記用具を出そうとして気が付いたが、もしかしたら俺が歌いを抱えていることが不安を助長していたのかもしれない。だとしたら申し訳ない。歌で攻撃が封じられていないかを確かめるために連れてきたが、コイツを実験台にする必要もなかった。歌いを地面において、再度自警団の面々に向き直る。機関から支給されている手帳に要件を書いて提示した。そういえば彼ら字は読めるのだろうか。

「あ、あの……あれを攻撃するんですか?俺たちが……」

 杞憂だった。剣を引き抜こうとして仲間に取り押さえられていた青年が冷静さを取り戻したのか、疲れ切った顔つきで尋ねた。頷いて答える。カイエの攻撃が通るように手助けをするだけで、攻撃によって致命傷を与えようという目的ではないのだ。それほど大変なことではない。彼らはおろおろと立ち尽くしていたが、俺が背を向けて主の方へ歩みだすと後を追ってついて来た。ほとんど仕事の押し付けで何とも面目ないが、やってもらわなければ困る。

 相変わらず俺の事など眼中にないといった様子の主に近づき、盟約の剣を引き抜く。魔法兵器にはどんな物理攻撃も効かないと言われている、これは一か八かの賭けに近い。歌いに効くのなら、少しくらい主に効いてもいいだろうという甘い見積もりに基づく賭けだが、そもそもこの戦い自体が町ごと滅ぶか、生き残るかのワンチャン狙いのオールインでしかないのだ。……あるいは負け確の悪あがきかもしれないが、それはカイエの尽力への裏切りと同義に思えるため考えないことにする。

 暗闇を切り裂く白亜の剣、輝く聖剣は主とよく似た色をしていた。

 ふらふらと一歩前へと前進した男に剣を預ける。男は震える手で剣を握ると仲間と共に主に立ち向かっていった。今思い出したが、聖剣を他人に預けるのは規則の違反だったな。確か処分は減給か謹慎、またはその両方だ。下がるほど給料もらってねえな。

 掲げられたその剣は、振るう者を正義たらしめ、その刃を向けられたものは、その輝きの糾弾によって己が悪たるを知るだろう。

「う、うわあああ!」

 そういえば、剣を今まさに主に突き立てんとしている青年は、その名前をネモと言った彼だ。半狂乱の彼の苦悶の表情には、勇者や剣に対する憧れなど全く浮かんではいなかった。彼は憧れがそれほど華々しいものではないということを、人間が正義を司ることの限界を、知ったかもしれない。結局そこに横たわるのは理念ではなく、刺したという事実と、刺されたという事実だけなのだから。

 みしみしと、表層を破る音がした。剣は主が陸に投げ出している頭部に深く沈み込んだ。暴れる主によって剣から振り払われた彼らを支える。にわかに主の手が俺たちを薙ぎ払おうとして寸前で止まった。

 主は頭部に刺さった剣を取り除こうと海を荒らした。わずかに防御魔法の氷のような層が揺らぐのが見えた。――その魔法に最早、暴力的な歌に耐える力はなかった。

 ぱき、ぱきと脆くも魔法は割れて行き、ついに横殴りの歌が主に直撃した。主はもう一度防御魔法を展開しようとして構えたが、最後の一息のようにチカチカと魔法が瞬くだけで、何も起こらなかった。

 主はゆっくりとその体を海に沈めていく、あとを追うように洋上の魔法も鈍い光を放って、沈んだ。魔法がため込んでいた大量の水が零れ落ちてゆき、大きな音を立てながら海に還って行った。その余波が主を再び岸に運んだ。

 やがて、歌いたちは風に溶けて消えた。いつの間にか空に横たわる深い海は消えうせ、月明かりが岸に横たわる白く美しい化け物を照らした。

 さざ波は先ほどまで都市を襲おうとしていた魔法の鋭さなど知らぬように寄せては帰ってゆく。

 

 誰も何かを言おうなどとは思わなかった。

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