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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
18/102

決着

 カイエは少し悩んだ後、手招きした。投げろということか。

 白い指輪が宙を舞った。指輪はしっかりとカイエの手に受け止められ、歌いたちは俺を素通りして指輪を追いかけて、地面のくぼみに落ちていった。子供ほどの高さしか持たない不定形の生き物は、穴から上がろうと必死にぎゃあぎゃあと鳴きながら蠢いている。放置していた剣を回収すると、刺さっていた2匹の歌いがこちらには目もくれず穴に落ちていった。

 カイエの歌を手伝わせるために一匹ずつ穴から引っ張り出して解体する。腕、頭、胴体に相当する部分を切り離す。歯が生えているのにも見慣れてきた。歌いはおとなしくなると、カイエの方をじっと見た。懐かしい歌をつい口ずさむように歌を始める。穴に落ちた歌いたちはあまりにも必死で、憐みすら感じる。歌いが落ち着くとどこかほっとした気持ちになった。なんとなく助けてあげられた、と感じるのかもしれない。

「――――!」

 主の咆哮が空気を震わせた。憐みという意味では主にも似たような感情のはたらくところがある。主はその柱のような白い体を倒して異様に細長い腕で体を引きずり、溺れるようにこちらに進んでいる。あれにとって、あの指輪はどれほど大切なものなのだろうか。海から伸びる鎖がその進行を阻んでいるが、鎖は今にも引きちぎれそうなほどギリギリと音を立て、ついにはその先端が宙を舞った。主は何度も直撃する攻撃にも構わず進み、泣き叫ぶような声を張り上げた。その巨体が作る大きな波は岸に届くよりも早く洋上の巨大な魔法に吸い込まれていく。その渦は空気をひりつかせる緊張感と、それを超越する終焉に対する虚無感を孕んでいた。

 カイエは指輪を握りしめてまっすぐに主を見つめている。歌は続く。

「カイエ?」

 違和感がある。彼女以外にも誰かが歌っているのがかすかに聞こえた。歌いのものではない。目を閉じて耳を澄ますと、海の方から響く歌があることに気が付いた。それは輝く星のように、あるいは深海からの呼び声のように、確かに響いている。彼女はしばらく呆気にとられたような顔をしていたが、その方向を見据えて困ったように微笑み、

 

 指輪を粉々に壊した。


 彼女が振り下ろした短刀の柄が指輪に直撃した。指輪は白いかけらとなってあたりに散らばる。と同時に、眩暈がした。何か、なんだかはわからない「何か」に圧倒されているような感覚によって平衡感覚が失われる。指輪の中に圧縮されていた魔力が急激に広がった、などと言った感じだろうか。主の魔法の発動の時にも感じていた不快感が数倍になって覆いかぶさって来た。主は怒り狂ったように暴れだした。陸は目前という距離まで近づいてきたそれは、その腕を振りかぶっている。

「終わりよ」

 深く吸い込んだ息の音がして、空気のぐらつきが一瞬にして消えた。暗い夜の中で、主の魔法が月のように淡く輝き、そよ風が呼ぶ波に反射してどこまでも、どこまでも煌めいた。荒ぶる魔力の奔走も、主の慟哭も、それでなお世界は静かに観えた。

 ただ静寂を切り裂けるのは彼女の歌だけなのだと、示すかのように。

 その歌は、もはや「ただの音」だった。

 呼応するように主も、歌いも叫んだ。これほど直感的な魔法があるだろうか。音とは、波なのだと肌で感じる。主は圧されたように振りかぶった手を振り下ろすことなく吠えている。攻撃をあきらめたのか、主が切り替えたようにその手を前にかざした。魔力が旋風のように流れ、薄い氷の膜のような何かが形成され主とカイエの間を隔てた。その膜は薄紫の光を放ち、歌の衝撃派から主を守っている。防御魔法のようなものだろうか?是非俺も習得したい。と同時にいくつかの魔法が発動されようとして、光らずに消えてゆく。先ほどよりも消えるのが早い。魔力切れだろうか?魔法兵器相手に、持久力で人間が負けない事などあってよいのだろうか?

 穴に落ちた歌いたちをほどんど正気に戻し、あと一体というところで異変に気が付いた。剣が振れない。……攻撃が出来ない。何が起きている?力が入らない訳ではない。素振りすることは出来る。歌いに攻撃を当てられない。剣を振り降ろすことが出来ない。歌いが逃げていった。自分の意志とは別に、行動を制御するものがある。

 思い当たる節がある。振り向いてカイエを見た。「歌」だ。あれは意志を操る歌だ。主を見る。攻撃が発動していない。先ほども腕を振り下ろせないまま固まっていた。俺と同じ症状だ。つまり今おそらく歌によって「攻撃をやめさせる」という系統の命令が下されている。歌をまともに喰らっている俺も、主もその影響下にある。輝きを増しつつあった波を呑み込む魔法もその拡大を止めている。

 だが、魔法は消えていない。何か決定打にかけているのだ。カイエの歌の条件を考える。あれは最後まで聞かせないと効果が発動しないという欠点がある。それは短い歌を繰り返すことによって次第に効果が強まるという形で補われていた。今発動している歌はまだ終わっていないため、効果はわからない。主も、同じ魔法を使う。同じ魔法同士の対決、魔力量は現在カイエに分がありそうに見えるが、理論的には相手が上、とりあえずほぼ同等と考える。

 主に今攻撃を与えられれば膠着状態が解消するのではないか。攻撃として使われていたあの光線を考える。光線は主に向けて発動されたものであっても、必ず主の近くで始まっていた。意志を操っても光線は出せないだろう、あれは主の魔法を「自分に向けて放つ」という命令で上書きして放たれただけで、彼女自身が発動する魔法ではないのでは?そして、その攻撃魔法は今主の魔力切れによって放つことが出来ない。

 じゃんけんの勝負に近い状況ではないか?突拍子もないが、考えるために魔法ではない例を扱いたい。じゃんけんはそれぞれの手に優劣はあるが、それは本人の実力に依存しない。ムキムキな人間がひょろい人間とじゃんけんしても、ムキムキな人間のチョキがひょろい人間のグーに勝つことはない。それと同じで、魔力の量に差があってもそれは「出さなきゃ負けじゃんけん」の挑戦回数に差ができるだけなのではないか。常識的に考えると、じゃんけんできる回数は主に分がある。

 そして、今の膠着状態は「あいこ」に近い。さらに、このじゃんけんは同時手番ゲームではない。先に手を出せば、相手に「その手に勝つ手」を打たれる。後だしができるルールのじゃんけんだ。歌は早く発動するために短い方がいいにも関わらず、カイエも主も叫び続けているのは、後だし阻止のためだろう。

 じゃんけん回数の不利にたいして、カイエは歌の効果が時間で継続することを利用しているのではないか?主は「攻撃」「歌」という戦略が取れるのに対し、カイエは「歌」という戦略だけを持っている。「攻撃」という主の戦略に対して「攻撃を取りやめさせる」という歌を継続することによって、1回のじゃんけんで相手に複数回のじゃんけんをさせることに成功させているという仮説を立てる。何故主が攻撃を続けざるを得ないかは、今なお光をまとい波を呑み込もうとしているあの魔法が理由だろう。歌はその終わりまで効果を発揮しないため、あの魔法に「取りやめさせる」が発動されないようにするため手っ取り早いのは、歌に対するダミー対象を用意し続けることだ。たまに発動する「攻撃乗っ取り(歌)」に対して主は「歌取り消し(歌)」で対応しているのだろう。だからカイエの攻撃頻度は低く、また、行動としての優先度も低い。

 というのはすべて推測なわけだが、誰も説明してくれないので、今はこれで納得するほかない。とりあえず現状の膠着を解く手段は、「じゃんけん中のプレイヤーを部外者が叩く」ということだと結論付けた。しかし俺は攻撃出来ない。今俺が動けないのは主が光線を打つのをやめたことによるものか、魔法の重ね掛けによって効果が高まったものか、あるいは味方の歌いが増えたことによる効果か、海の中から響いているあの歌のせいか、そのどれでもないのか、よくわからない。

 歌いは大波をたてながらとうとう陸にたどり着いた。何とかカイエに攻撃しようと四苦八苦している。改めて見てもとても大きい。主は柱のような体にまとわりついている羽をじたばたと千切れんばかりにはばたかせている。叫び声のような歌で鼓膜が破れそうだ。カイエ以外眼中にないのか、そちらから視線を外すことは無かった。俺の存在など認知されているかも怪しいものだ。

 攻撃手段ならばある。なんにせよ、攻撃できない理由は歌の影響下にあることなのだ。

 いるじゃないか、耳栓をしている連中が。

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