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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
16/102

憾み

 頑張って歌いを切り刻み、元のサイズに戻した。この後足の速さで支障が出ては困るのだ。

 海は思いのほか静かだった。スカウターを覗けば魔法の警告がなされたが、肉眼ではなんの変化も受け取ることが出来なかった。こうして世界はよくわからないうちに静かに滅びていくのかもしれない。ただ、寄せて、返す波の音がするだけである。

 潮風が海の先を見つめているカイエの頬をなでた。柔らな髪が煽られる。彼女が目を閉じた。歌が、始まる。

 「【これより始まるは、偉大なる王国と、災いなした歌の物語。】」

 相変わらず歌詞は聞き取れないが、旋律は物語のように紡がれた。歌声は霧を超えて、高く、遠く響く。

「【輝く王都の、星辰の高き誉れとその実り】」

「【祈りと共に水底に、怒りを持って攫いしは、深みより出る古の力。】」

 歌いたちはきょろきょろとあたりを見渡し、体を揺らして新しい歌を歌い始めた。歌は次第に岸を覆いつくすように並んだ歌いたちに広がっていく。

「……?、ゲホッ、お゛ぇ」

 突然、俺の隣に立っていた自警団の男が嘔吐した。その隣の男が心配そうに声をかけている。見渡すと、他にも何名か同じような症状を訴えている者がいる。生暖かい空気の層が通り抜けていった。波が消えている。……何かが、来る。

 

 「――――――――」

 

 陸上のすべてをなぎ倒さんとする、衝撃波のような突風が襲い掛かってきた。風圧で目を開けることが出来ない。方々から悲鳴や苦痛に満ちた声が上がっている。早く事態を確認しなければ。歌は続いている。声は強張っているが、カイエは無事だろう。

「……あ~。あ~あ!こりゃすげえわ。」

 ヴァージルの声だ。危機感や緊張感も飛ばされてしまったのか。

「見て見ろ、ありゃあ……、神だ!」

 なんとか手をかざし、目を開ける。霧が、晴れている……?これだけの風が吹けば当然、

 

 白亜の、鳥のような無数の翼に包まれた柱のようなうつくしい何かが、海から聳え立っていた。それを捕らえるように幾重もの鎖が伸びている。

 空に、海がある。空は、こんなに黒かっただろうか。

 魔法兵器か……?これが……?

 唖然としている俺をよそに、劇場の尖塔の高さほどもある柱の裏から枯れ枝のような腕が伸びてきた。異様に長く、本数の多い指が柱を覆っている翼をおもむろに攫み、毟り取っていく。何か、見てはならないものを今、俺は見ている。

 見ては、ならないもの、をみている。

 痛みに悶えるように空気が揺れる。現実が臨界点を迎える。

 

 耳を劈くような咆哮が「聞こえた」。今まで、聞こえていなかった歌が、音が、意味が聞こえる。苦悶の歌、絶望の慟哭、怨嗟の泥。すべてが、違う。今までと違う!歌いたちには奇妙な目や歯が生えている。生臭い。海からは絶え間ない歌が聞こえている。あのうつくしい白亜の柱は、こちらを見ている。

「な~んだこれ。勝てんのか?俺ら」

 ヴァージルは引き抜いた剣で、叫び始めた歌いを切り刻んでいる所だった。鮮明に、「痛い」と聞こえる。突然増えた情報量に脳が理解を拒んでいる。頭が痛い。

 魔法兵器か……?これが!?本当に!?笑いがこみあげてきた。俺は何を知っていた?伝え聞いただけだ。研究施設に飾られていた腕を見ただけだ。それは人間の腕のようだった。対峙したことなどない。あれが?人間の言葉を話すだと?

「ずいぶんイメチェンしたらしいが、あれは魔法兵器なんだろ……?」

 解析困難な魔法、都市全体を海の沈めるだけの魔力量、精神異常。釘に制限されない行動範囲。性質は、それが魔法兵器であると示している。

「発見された時はもっとおとなしい感じだったのか?」

 絶叫しながら走り回る自警団の一人を気絶させる。

「ああ。人形のトルソーって感じだったぞ」

「なんでああなった」

「知らねえ!祟りかなんかだろ」

「なるほどな。」

 切られた歌いが復活した。暫くするとカイエの歌を真似し始めた。相反する歌がぶつかって壊れる音がする。魔法を発動させようとする魔力の奔走が集まっては散り散りになり、それを繰り返しているのが見える。

 しかし、海の中腹で蠢く件の魔法は消えていない。

 あたりを見渡す。自警団たちの内の何人かは正気を保っているようだが、彼らは仲間が海に向かっていくのを止めるので手一杯だ。皆泣きそうな顔をしている。先ほどまで抱えていた歌いが、先ほどからずっとおぞましい見た目だったのか、今幻覚を見ているのか、全く判別がつかないのだ。彼らには同情する。

 とにかく防戦一方である。だが、俺にできることはなんだ。敵は海上にいる。物理攻撃は効かない。

「きゃ」

 カイエだ、敵の歌が通ってしまったのだろう。

「備えて!」

 カイエはそのまま歌を続行する。海上で、薄紫色の光が2か所瞬いた。魔法兵器に言葉を話すほどの知能があるのであれば、攻撃対象は自分に害を成している者だけに絞るだろう。つまり現状カイエを攻撃してくる可能性が最も高い。

 主の咆哮とともに新たな歌いが陸に這い上がって来た。

「ヴァージル、歌いを頼む。」

「あいよ」

 星のような煌めきが、先ほどよりも強く明滅し、収束した。さて、何の魔法が来るか。バチバチという炸裂音とともに、輝いた地点から、細い光の筋が海に向かって放たれた。その筋は次第に明るさを増しながら、照準をゆっくりと陸へと上げていく。最悪、追尾型の光線が来る。

「失礼するぞ」

 カイエを抱きかかえて、次第に上がってくる光線の照準地点から離れる。光線は急角度で横にそれた。やはり追尾してきたか。カイエは気にせず歌を続けている。2本の光線はバリバリと音を立てながら、凄まじい明るさと熱を持って追いかけてきた。後列の歌いと自警団たちに光線を当てないよう、慎重にルートを選択する。あまりの眩しさに目はどうにかなりそうだが、焦らなければ難なく避けられるが、港の地面がえぐれていく。足場がなくならないよう、慎重に逃げる方向を決める。魔法の発生地点で再び光が瞬いた。光線の威力が落ちていくのを確認して、カイエを下ろした。目にまだ光が焼き付いている。

 新たな歌いが続々と海から現れる。この抵抗具合、おそらく相手にとってこちらが脅威になりえていると見て良いのだろうか。しかし、物量で押されればいずれは負ける。

「クレフ、割とキツイ!」

 声の方に振り向くとヴァージルが歌いに囲まれていた。正直、遠い。彼の周囲に動けそうな自警団は、いないか。

 新たに歌いが波打ち際から現れた。この歌いを放置してヴァージルの方に向かえば、カイエが危険にさらされる。行って戻ってくる時間はない。

「頼む、もう少し耐えてくれ!」


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