海
「カイエゲルダさん、少しお話よろしいですかな」
少し休んで落ち着いたところで、髪を後ろで結んだ身なりの良い男性に声をかけられた。屈んでも袖や肩の部分に型崩れが起きていなくて、丁寧に誂えられた服なのだろうと分る。高そうだと思った。
「ええ。あなた、よく劇場にいらしている方ね」
「覚えていていただいたとは。身に余る光栄です。いつも舞台を楽しみに生きております」
彼はヴァージルと名乗った。カテリーナと同じ、議員。クレフたちは遠くでなんだか楽しそうに騒いでいる。
「我々議会は、クジラ座に起きた事態についてカテリーナの暴走が原因である、と結論づけています。数々の不正の証拠から、カテリーナに過失を認め、劇団員たちは被害者であると。」
「……そう」
「我々は、その被害者の中にあなたを含めるという方針でいます。ただ、劇場で起きたことは魔法ではなく、サボタージュという形で処理されます。」
「……」
「我々は、行使された魔法に言及することを恐れています。あれだけ強大な魔法を扱える者がどれだけいましょうか。」
「そして、魔法は才能と血脈が重要な要素であるということはご存じですね?」
「ええ。」
「あの魔法は、」
ヴァージルが言いよどんだ先を紡ぐ。あの人の執務室には何度か無断で立ち入ったことがある。
「王家の研究。王家が見出し、カテリーナが奪い、王家が与えた制約をそのままに不完全なまま世に放たれた、意思を操る魔法。」
「……そうです。」
「私は、この魔法を最も完全に近い形で行使できるただ一人の人間。」
「ええ、ええ。そうです。」
「カテリーナの態度で私が訳ありなのはわかっていたわ。」
ヴァージルが顔を伏せて笑った。
「……あなたは、エリス様に本当によく似ている」
彼はきっと大切な思い出の日々とともに、私を見ている。私の知らないエリス。アシュハイムに歌劇の熱をもたらした女王エリス。私はその火を引き継いだ。
「私は、カイエゲルダ・アシュハイム。17年前の政変で海に沈んだ、王家の末裔。そういうことね。」
「そういうことです。……これはあなたが持っていてください。カテリーナの執務室にあった、あなたの出自に関する証明書です。助産師は殺害されているので、これだけがあなたの身分を証明するものになるでしょう。」
彼は懐から紙を取り出した。
「王家のそばにありながら、謀略を見抜くことが出来なかった我々をどうか、お許しください。あなたの祖父君、祖母君も、父君母君も我々は守ることが出来なかった。」
ヴァージルは頭を下げた。
「顔をあげてください。王家の事は私にはよくわからないわ。」
ヴァージルは姿勢を崩さない。
「あなた方はこれからも共和国が良き方に進むよう努めてください。」
「……仰せのままに」
ヴァージルが顔をあげ、笑った。
「ふふ。あなたはエリスと私の演技、どちらがお好き?」
「えッ!いじわるなことを聞きなさるな……」
「冗談よ。祖母は、エリスはどんな人だったの?教えてくださる?」
「喜んで」
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「クレフ、もう大丈夫よ。行きましょう」
「わかった」
カイエの表情が幾分か晴れやかに見える。
「何かいいことでもあったのか」
「ええ、あったわ。確かに。」
「そうか。……行こう。」
「【目指すは岸、陸を征く船よ進め、進め】」
歌だ。本当に短い歌でも効果があるらしい。歌いたちは待ち望んだように進み始めた。
「お前たち、耳をふさいだ方がいい。歌いたちが歌をはじめるぞ」
「「アイアイサー!」」
「お、クレフ。指揮権盗らねえでくれよ!」
「すまない。」
自警団たちは耳栓を持ってきているようだ。俺と違って用意が良い。だが、聞こえている歌は、美しいものだ。歌いたちは子供のように楽し気に歌っているように見える。海にいる主はきっと、苦しんでいるのだろう。
「いつにも増して霧がひでえな」
すぐ横から聞こえたヴァージルの声に頷いたが、その動作が彼の目に届くことはないだろう。目の前にかざした手が見えなくなるほど霧が濃い。少し前より確実に濃くなっている。
「海までの道が簡単で良かった。」
「迷うこたねえわな」
独り言に返事が帰ってくるとは思っていなかった。
「……ヴァージルは耳を塞がないのか」
「バレたか。まあ、議会の男たるもの、な。それに、カイエちゃんの歌を聴かない手はねえさ」
「ああ。そうだな」
「本当にきれいだよな。魔法かどうかなんか、関係ねえんだ。」
彼女の歌を聴き終わったあとの感想が本当に自分のものなのか、わからないのだ。彼女が申告してくれない限り、その歌が魔法なのか我々は知ることが出来ない。
「本当にきれいだ。」
「……歌いたち、足おせえな。」
たしかにまだ広場からそれほど進んでいないだろう。
「そうだな。カイエ!歌いを切ってもいいか?」
「え!?……え、駄目よ」
「サイズが小さくなれば足が速くなる」
「いいわ。やって」
カイエも進軍速度にやや嫌気がさしていたらしい。
「【船よ、私はあなたを見つけるだろう。全てが変わろうとも】」
「ごめんな」
粘着質な足音をたよりに歌いを切っていく。歌いはそれなりに柔らかいから、さすがに間違えて人を切るようなことは無かった。本当のことをいうと、最初の一撃を思いっきり振ってしまって、かなり焦った。
「おお!かなり違うな。しかもしっかり歌い続けてる。」
「歌いは海に連れ去られた人だとカイエから聞いたが、俺は祟られないだろうか。」
「そういえば、カテリーナの野郎の日誌に書いてあったな。けったいなこった。まあ暴力を扱う者なんか祟られてなんぼじゃねえか」
「烏滸がましい、か」
「そういうこった、と俺は思うね」
「確かにな。」
「クレフ、あんたなんで勇者やってんだ?あ、今までの会話とは全然関係ねえからな。」
詰められたのかと思って身構えた。
「俺は、家がなくなってだな」
その後、色々あったが勇者をやっている一番の原因は家がなくなったことだろう。これがなければヴェルギリアに来ることも、機関に入ることもなかったのだから。
「そりゃ災難だったな。良い家だったんだろ」
「いや、全く覚えてない。兄は執着してるから、良い家だったんだろう」
「兄貴がいるのか!意外だ」
「ああ。だいたいベッケンと同じ年くらいかとおもう。」
「結構離れてんのな。似てんのか?」
答えにつまった。俺は似ていると思ったことは一度もない。
「……顔は似てると言われる。」
「じゃ、色男だな。性格は似てねんだ」
「兄の方が、頭がいい。ちゃらんぽらんでゴミをよこしてくる」
「仲良くやってるらしいな。家は?どうしたんだ?消えたか?魔物でも湧いたか?」
かなり遠慮がないな……。
「プローディトーレにやられた。」
「プロー?ああ、魔法兵器か。そりゃめずらしい。しかし、機関はまた謎な名前を付けたよな。どうせ遺物かなんかの影響だろ」
「らしい。」
そういえば、アシュハイムでも魔法兵器が見つかったとカテリーナの手記に書かれていた気がする。長年の謎であった魔法という現象の解明と、人類の発展に寄与するということで、一時期やたらめったらに発掘や調査が行われたらしい。今も調査は続いているが、人間の手に負えるような代物ではなかった。アシュハイムの魔法はかなり上手くいったほうではないだろうか。政変の原因となったことを加味しても、もたらしたものはマシな方に分類されるだろう。
プローディトーレの研究によって魔法の使える人間が増えた一方で、発狂して消息不明になる人間も増えた。自分の故郷も突然現れたそれに壊滅させられたらしい。
「魔物を倒すために帝国が作った兵器だって話だが、今じゃ災害の類だもんな」
「そうなのか?初耳だ。」
「このあたりは帝国の版図だったから、そういうの残りやすいのかも、な……」
「そういえばアシュハイムの魔法兵器はどう処理した?機関に引き渡したか」
「……海だ。」




