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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
13/102

定命

 歌いの数は60に迫ろうとしていた。これだけの人間がウタウタイの夜の犠牲になったのか?あるいはもっと前から沈んでいた者もいるのだろうか。いずれにせよ、波の下に横たわっている死をこうも眼前に並べられるとぞっとするものがある。見た目が泥のような不定形なのが救いに思えてきた。

 そういう余計なことが考えられる程度には余裕が出てきた。半時間も同じ作業を続けていれば効率化も図られるわけで、俺は最早剣をしまっている。思いのほかバリケードが役に立った。というのもバリケードを設置し歌いをせき止め、歌を歌っている個体は広場の方に、そうでない個体は道の奥方にバリケードの手前からつかんでぶん投げるだけで用が済んでしまうのだ。必要なのは冷静かつ迅速な判断力と忍耐強さだけだ。検問でもしている気分である。

 敵対する歌いが指で数えられるくらいまで減ったあたりで、道の奥から明かりが近づいてきた。ヴァージルとその手下たちがコソコソと隠れながら道の奥から姿を現した。都市の歌いもあらかた誘導し終わったという合図らしい。カイエが昨日の内に都市の奥に進めていた歌いたちも合流した。歌いの数は十分だろう。

「……すこし、休憩しましょう。」

 振り返ると、こんなに長く歌ったことないわ。と呟きながら彼女がへたり込んだところだった。途中から単純作業だった俺とは違い、歌いっぱなしだったカイエの負担は相当なものだろう。タイムリミットはまだまだ先なのだから急ぐことはない。

「水いるか」

「ええ、ありがとう……」

 ただ歌い続けただけでなく、あれは魔法なのだから魔力もかなり消費したに違いない。周囲を取り囲む歌いたちは時折歌をうたいながらふらふらと這いまわっていた。なんとなく愛着がわいてきている。最初はこわごわ近づいてきたヴァージル率いる自警団も、歌いを揉んでみたり、持ち上げてみたりで楽しそうだ。

 自警団は俺より年下か、同年代だろう者ばかりで、皆カイエに声をかけるか、かけまいかでソワソワしていた。だが誰も話しかけない。そうしようとする者を鬼の形相で睨みつけるヴァージルの存在があるからだ。

 俺は剣の手入れをすることにした。目に見えて汚れが付着しているわけではないが、歌いを殴っていたことで何か悪いことになっていないか心配だった。

「失礼します!自警団のネモと言います!兄さん勇者ってほんとっすか?」

 顔を上げるとそこにはいかにも緊張していると言った様子の青年が立っていた。どうやら俺も興味の対象になるらしく、彼の後方にも目を輝かせてこちらをみている者が数名いるようだ。

「まあ」

「すげ〜!さっきも、ガチカッコよかったっす!あ、すみません。えっと、とても洗練された動きで、すごいと思いました。」

「……かしこまらなくていい。俺はそんな大層な人間じゃない」

 ワイワイと何名か集まってきた。やれトレーニング何してますかやら、やれ今まで戦った中で強かった魔物は何ですかやら、猛将ゲールクリフの話が聞きたいやらでだんだんと人が増えてきた。適度に回答しているつもりだが、……やめてくれ、調子に乗る。現に俺は調子に乗って勇者の証明である聖剣を見せびらかそうとしている。

「ぎゃーー!盟約の剣だ!すげー!」

「マジで若干光ってる!」

 白く輝く刀身は、かつてこの大地を救った英雄のものだ。魔物に特に強い攻撃を与えるとされるこの剣を、勇者は証明として機関から与えられる。名を「盟約の剣」という。鞘に戻して最初に話しかけてきた男に渡す。

「えッ!?ええ!マジっすか触っていいんすか!!ヒエ〜失礼します……」

「いいな〜!」「本当に引き抜けないのか?」

 剣を渡した男がこちらの反応を窺う。引き抜いてみてもいいかという確認だろう。

「いいぞ」

「ありがとうございます!」

 男は勢いよくお辞儀をすると、鞘を持って柄に手をかける。恐る恐る引き抜こうとするが、剣が刀身を見せることはない。次第に遠慮がなくなってきた。

「本当に全然びくともしない。なんだこれ!」

 隣にいる青年が試してみたそうな顔をしている。盟約の剣は、その剣が与えられた勇者にしか引き抜けないことで知られている。詳しい仕組みを知っているわけではないが、これも魔法らしい。レプリカ聖剣なので、欠けたという話を聞いたことがないほどやけに頑丈だが、全然魔物に効かないし装飾過多で剣としては使い勝手が悪い。ほとんどただのかっこいい通行手形や免許である。そして、持ち主にしか引き抜けないわりに鞘に納めたまま免許として使える。無駄機能。

「こんな……、ああ。きれいだ。触るなんて夢のまた夢だと……、俺ら、戸籍も金もねえから……」

 ふと我に返ったように聖剣を丁重に、壊れ物のように扱う彼は、絞り出すように言葉を紡いだ。声が震えている。

 機関の一員になる要件には出自が大きく絡んでいる。何者かわからない者が勇者になることは許されない。――しかし何者であるかということは、所与によって決められるべきものなのだろうか。その聖剣にどれだけの価値があるのか、俺にははかりかねていた。

 ふとカイエの方を見るとヴァージルと話しているようだった。カイエは相変わらず無表情だ。

「クレフさん、本当にありがとうございます。剣をお返しします」

「ああ。助かる」

 聖剣を受け取って、今は外している装備用のベルトに括り付ける。……俺は剣を3本、短剣も持ち歩いていて、歩くたびにガチャガチャいうのだということを再認識した。これで勇者だと思われないというのは無理があったかもしれない。逆に勇者でないなら不安だ。幸いこれからはマントを着用できる時期になる。もう少し自分がどう見られているのかに気を使った方が良いという結論に至った。

「もうしばらくこの町にいるんすか?」

「いや、おそらく明日までだろう。報告のためにもできるだけ早く帰らなければならない。」

「そうなんすか……。いつか、霧が出ていない時に来てくださいよ。この都市は、良い都市です。」

「いつ来るのがいい」

「春がおすすめです。新しい演目の解禁があるので。あ、でも」

「やっぱり今の時期、秋に来てください。霧は出てるかもですけど、きっと、この都市を救って良かったと思ってもらえるから。」

「わかった。必ず来よう」

 そのために、この夜を終わらせなければならない。未来の話をするのは簡単ではないのだ。

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