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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
11/102

劇場

 日が沈んでいくのを窓辺から眺める。霧が濃くなり始めた。もうすぐ、私の戦いと、この都市の呪いが終わる。

 美しい町だと思う。この時期でなければ道行く人々は希望にあふれているし、私達の演劇を楽しんでくれる。みんな台本の些細な変化に気付き、些細な言い回しやセリフの解釈に注意を払ってくれる。私達の演劇を見てくれる。けれど、私がこの舞台に立つことはもうない。孤児の私を引取って、この舞台に立たせてくれた劇団に泥を塗ることになる。

 座長の不正を暴くことは、私達の劇を楽しむ人たちへの裏切りの暴露でもある。それでも、私は観客たちの目を、私達を素晴らしいと評価してくれる彼らの目を、正しいと断言するために不正を白日の下にさらさなければならない。

 そのためにまず、カテリーナが調査を拒否できない状況を作り上げた。そして、カテリーナの敵対者と呼ばれているセローという人物を劇場内におびき寄せた。目論見は成功したようで、カテリーナの執務室は旋風に晒されたかのようになっている。

 空っぽになった劇場を舞台から眺めて、みんなの無事を祈る。3日前のあの日、この場所で、私の計画を知らないのはカテリーナだけだった。みんなが私の味方をしてくれた。彼を罠に嵌めるため、私の歌を聴かせる環境を整えてくれた。

 日は落ち、劇場内は夜の闇に包まれた。少しすれば歌が始まる。心臓が早鐘を打つ。鼓動がうるさい。胸に手を当てて窓の外を見た。今夜失敗すれば、次はない。私は都市を危険に晒した罰を受けなければならない。

「困ったらゲールクリフを頼りなさい。彼はあなたが正しいことをしている限り味方でいるから」

 記憶の中の誰かの言葉を反芻する。まさかゲールクリフが実在の人物とは思っていなかった。依頼を出した時、3日前のことだけれど、勇者がきたとしてウタウタイの夜には間に合わないと思っていた。そう思って計画を組んでいた。

 けれど、私はずっと波止場を見ていた。劇場の門が開かず都市が混乱した時も、人々が不安そうに家の戸を閉めていく時も。取り返しのつかないことをしている私を、正しいと言ってくれる誰かをどうしようもなく探していた。大丈夫。私には勇者がついている。

 歌を歌って、踊りを踊って、そういうものを楽しむ心が失われないように、このアシュハイムという都市は存在する。私は、アシュハイムの歌姫。アシュハイム1番の劇団の、1番の俳優。

 舞台に別れを告げて出口へと向かう。劇場の正門を抜けると、彼は既に待ち合わせの場所にいた。

「……着替えたのか」

「ええ。泥だらけだったし、仮にも歌を聴かせるのだからきちんとしておこうと思って」

「その、きっと皆君の歌を喜んで聴くだろう」

 なんて反応していいのかわからなくて少しの間無言が続いてしまった。彼は気まずそうに頬をかいた。褒められた、らしい。必要なこと以外喋らないのかと思っていたから、少し意外。

「ありがとう」

「行こう。議員たちがかなりの数、罠を壊した。おそらく想定よりも多くの歌いが集まる。大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ。あなたがいるでしょう?」

「善処しよう」

 

 _____________


「お前たち、覚悟はいいな」

「ヒーまじで行くんですか」「我ら〜自警団の誇り〜掲しは〜共和国の」「ほっまれーああ〜我らっがアシュハッイッム〜」「歌うな音痴!」

 一通りの罠を壊し終えて、自警団たちを議会の前に集めた。どうやらクレフたちは歌いを劇場前広場で迎え撃つらしい。建物に籠城するんだと不都合があるらしく、まさかの屋外だ。市民の熱心な歌狩りのおかげで、歌いたちは劇場に向かって移動することがなんとなくわかってきていたが、はぐれる個体も多い。俺たちはそういう歌いを劇場の方に誘導する役を担うことにした。

 もうすぐ歌が始まる。計画は歌が終わったあと開始するんだそうだ。なんでも、歌いたちには海に本体?親玉?がいるらしい。その親玉の歌は俺らには聞こえてないが、歌いの歌が終わった後も歌い続けているから、できる限り海から離して歌の影響を弱めようってことらしい。歌って言いすぎてよくわからなくなってきたな。

 とにかく歌いを海から離して劇場に向かわせれば任務完了だ。とりあえず議会を離れて、海と町の中腹あたりにある物見台を目指そう。号令をかけて進む。

 坂道を降りようとしたところで、それを阻む人影が現れた。

「ヴァージル、こんな夜更けに何をしに行くんですか。」

 夜と霧は猜疑心を燻らせる。

「あなた、何か企んでいますよね」

「ベッケン」

 ……なぜ、ベッケンがここにいる?議会の中にいるはずでは?



「いやなにこいつが裏切り者だったか……みたいな顔してるんです?」

「え。あ、や、ちげえんだ」

「別になんでもいいんですけど、あなた方ちゃんと耳栓とか持ってます?外出て歌もろに喰らって〜みたいなこと前ありましたよ?」

「あ、えっとぉ」

 人指しゆびを突き合わせてみる。

「まさかまた対策なしとは言わないですよね?」

「……対策してないです。耳栓持ってないです。」

 ベッケンがわざとらしくため息をついた。

「そんなこったろうと思いましたよ」

 ベッケンはこれだけあれば足りるでしょうと言って袋を投げてよこした。

「ベッケン先生ありがとさん!」「まじか!ボス、耳栓持ってなかったんですか?!」

「何しようとしてるのか知りませんけど、心外ですよ。あなた方と世代が違うからって仲間外れにされるのは。まあ私戦えないんで大人しく議会にいますけれどね。」

「……すまねえ」

 フン、といって俺たちを通り過ぎてベッケンは議会に戻って行った。

 あの様子だときっと、この件についてセローと密談していたのを見られたんだろう。あいつの普段の働きを顧みずに、他の議員連中よりも関わってきた時間が短いという理由でベッケンが疑いの目を向けているところはあった。反省すべきだ。

「気を取りなおして、行くぞお前たち!」

 議会の誇りを見せてやろう。


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