10
だって彼らはそのうち消えて、いなくなってしまう。連続性を気にする必要のない相手だ。それが悲しいような気もした。
_______
「おはよう!調子はどうだい?」
「……」
びっくりした。なんでこんなところに?真っ暗だ。何時だろう。窓ないんだった。……寝ていたらしい。やたら心臓が早く鳴っている。知らぬ間に部屋の中が暖かくなっていた。そのせいで眠りこけたんだろう。弱った。全身が痛い。
「よくないんだ。寝たのに?かわいそ。人間って難しいね」
辺りは真っ暗なままだ。いや、先ほどよりもさらに暗くなっている。ヘレネが発していた光が消えてしまったのだ。本当に真っ暗で何も見えず、壁を探り当てて立つ必要があった。おまけに膝で目が圧迫されていたらしく、視界が変だ。目をつぶっても緑色に見える!……瞬きしているうちに治った。
「そっちはどうだ。」
姿は見えないが、声はどこからか聞こえてきた。室内に響き渡っているようにも、頭の中に直接響いているようにも思える。
「ばっちり。エヘン……。立ち去りなさい。人の子よ。さもなくば神の光にまみえるだろう」
静かな、しかし警鐘のような強い調子の声が響いた。少し芝居めいている。
「はあ。」
癖が出て剣の柄を探した指が宙をかすったが、そういえば剣は床に置いているのだった。単なるデモンストレーションかなにかだろう。腕を組んで続きを待つ。
「侵入者を排除します。威光フラー――――ッシュ!サテライトルクス起動!射出10秒前、9秒前、死になさい。1秒」
「おい!」
カッと何かが頭上で瞬いた。魔法だ。間違いなく。
__避ける?不可能だ。今壁に背をもたれた状態で、あの光は後退以外の動きを射抜くのが大変得意だ。死、死を覚悟しよう。目をつぶった。エンデの加護を受けていることはヘレネも承知の上だろう、だから躊躇なく放ってくる可能性がある。だが、そういえばエウクライドに紐づいた夢……死ぬ度に見ていたあの変な中庭の夢……はあの都市の崩壊で消えたんじゃなかっただろうか?つまり、エンデの加護も消失しているのでは?そのあたりを確認していないままだ。
ひょっとして、本当に死ぬかもしれない?
「やめろ、゛!?」
静止を願おうと天に声を張り上げたところで何かが顔面に直撃した。そして足が滑った。
予期せぬ上方からの何らかの圧力に全身を包まれた。その何らかが床にあたって広がる力に足元をすくわれ、尻もちをついた……のだろう。何が降ってきた?生暖かい、大量の水?暗くて何もわからない。大量の水の塊が降ってきて溺れかけた?磯の匂いがする。全部の髪が顔に張り付いた。服も体に張り付いて重い。あと鼻に水が入った!
「ゲホッ……。…………。」
ザアと音がし、余韻のように雨が降る。ぽたぽた絶え間なく降る生暖かい何かが顔にあたって目を開こうとするのを妨げる。
「おい。」
しょっぱい。どちらかというと辛い。海水だ。
「おい、ヘレネ。」
「どうだい?魔法兵器直々の侵入者撃退魔法。もちろん光線撃ったり、槍を降らしたりもできるよ。窓の開閉、壁の増築、入り込んだ人間をどっか転送させることだってできるけど。文句あるかい?」
「……。驚いた」
ずいぶんと多機能だ。
「や~!力を行使するのって楽しいねやっぱり。しかもエンデュミオンの補助付き!あ~あ足りないなあ。もっと撃ちたいなあ。全部、根本的に、徹底的に破壊したいなあ。……我慢するけどさ。んふふ。」
「楽しそうだな。助かるよ。」
拭ったり手を振ったりで水滴を払うが、それではどうにもならないほどべしゃべしゃに濡れている。べたつく。やられた。
「城を器にしているんだ。かわいくないけど気分はアガるね、これ。」
それでそこら中から声が聞こえるのか。どこを向いて話せばよいのかいまいちつかめない。
「エンデュミオンが必要以上に非難されるのは不愉快だからね。頑張るよ。沢山人入ってこないかな。早くぶっ飛ばしたいな」
非常に気分のよさそうな声が聞こえる。歌でも歌い出しそうなほどだ。
「ところで、体というか器はなんでもいいのか?さっき俺がガラクタ探しに奔走したのは?」
半日以上かかったのだが徒労だったのだろうか。上着を絞ってみるがいくらでも水が出てくる。
「ん~?こんなことも出来るってだけで、相性は良くない。人型じゃないと普通入ろうとも思わないからね。君のは間違いなく良い判断だったよ。」
空中に薄紫に発光する「グッドジョブ」の文字が浮かんだ。やかましい。
「そうそう、器選びに関してだけど。君も結構魅力的なんだよ。かわいくない点を除くとね。空っぽだから、気を付けたほうがいい」
誰が空っぽ人間だ。グッドジョブが形を変えて光る腕が空中に生成された。人差し指が俺のほうを向く。
「かわいくなくて悪かったな」
「ああ、空っぽって魔力の話ね。入りやすそう。脆くもなさそうだし。魔法に慣らされてるし、器にピッタリ。うーん。かわいかったら、……エンデュミオンが目をつけてなかったら欲しかったかも。ウン。気づくの遅かったな。」
俺の眉間を指したままゆっくりと近づいてきた人差し指が怖くなった。振り払おうとした手が触れる前に光は霧散した。
「かわいくなくて良かったよ。」
「……気を付けなよ。入り込まれてそれが魔法を使い始めたら間違いなく自我は壊れるし、死ぬから。人間の体は魔法を使うために出来てないからね。死体には関係ないけど。ちなみに魔法使いが発狂しやすいのって、使ってる魔力に自我が芽生えて体を乗っ取るのがメジャーな理由なんだよ。お友達に魔法使いがいるなら注意しな。僕らはエンデュミオンのいう事聞くけど、新しい子はそういうのあまり気にしないからね。友達が死ぬのと、その中身が君に乗り換えるのでダブルキルだ。」
「はあ。怖い事言うな……。」
魔法を使わない知り合いなんてほとんどいないのだ。刃物類が錆びないようにとりあえず何かで拭おうかとも思ったが、そもそも装備品のすべてが海水漬けになってしまっている。あとでその辺から一式拝借してこよう。武器くらい転がっているだろう。
「いずれにせよ助かった。感謝する。」
立ち去ろうとして、ふと疑問に思った。
「……カイエは?相当大規模に魔法を使ったらしいが、発狂しないか?大丈夫か?」
「ン?その発狂はしないと思うよ。そういう自我が発生するのって、僕らの祝福から遠く離れていった、把握するのが難しい魔法とか、そもそも祝福した個体がダメになってる場合だから。だがね、さっきも言ったけど、そもそも人間の体は魔法を使うために出来てないから。まともに生かしたいなら、あまり使わせないほうが良いのは確かさ。その辺は私からもよろしく頼むよ。大事な子だからね。」




