アシュハイム
ゆったりと流れる運河を小舟が行く。舟に乗っているのは二人、黄色い笠の船頭と白服の男だ。
「いや~今日は一段と晴れていますから、塔がよく見えますね」
にこやかに船頭が話し始めた。風に磯の香が混ざり、いよいよ河口に近づこうとしていることが伺えた。白服の男は黙ったまま開けた視界の先、海を越えた遠方に見える白く輝く塔を眺めている。
「あの塔のふもとに帝国の首都があったそうじゃないですか。なんでもこのあたりまで領土だったとか。街道なんかはまだ残ってるんだから驚きですよ。魔物さえいなければ、都も道も現役だったろうに」
「……それで水運が廃れたら困るんじゃないか」
白い服の男がようやく口を開き、その後しどろもどろに「俺は困る」と続けた。
「お、勇者さんうちらの事を気にしてくださってるんですか?」
船頭は軽い調子で返し、一方の男は困惑したような表情を浮かべ、疑問を呈した。
「なぜ俺が勇者だと」
「そりゃ勇者さん、あの観光都市アシュハイムにこの時期行くのは仕事の人だけですよ。しかもそんな仰々しい剣持って、服は白と来た。白は勇者の制服ですからね」
「そうか……」
勇者と呼ばれた男は服のことが気になったらしく、上着を脱いだ。
「まあ勇者さん、そのアシュハイムがある限り水運は廃れませんよ。いや~いいな。アシュハイムか。仕事でもいいから行きたいもんですねぇ」
船頭は空を仰いでいる。どうやらアシュハイムについて思を馳せているようだった。
「勇者さんアシュハイムには何しに行かれるんですか?やっぱり魔物の盗伐ですかね。」
「討伐するかはわからない。依頼内容は調査だ。」
船頭はいぶかしむ様な調子で返答した。勇者の仕事に調査で終る案件がほとんどない事は世間一般の共通認識だ。
「依頼者は?まさかクジラ座とか?運が良ければカイエゲルダからサイン貰えるかもしれないですよ。よかったら俺の分も貰ってください。」
「依頼者は機密事項だ。その、カイエゲルダというのは?」
「おおっと、カイエちゃんを知らないとは下調べが甘いですよ。」
対岸は見えているが、アシュハイムの影はまだ遠い。緩やかな風が海面を揺らし波が輝いている。
「カイエゲルダはアシュハイムいちの劇団の一番の人気女優ですよ。あの子が演じた役はその後誰も演じられなくなって劇ごとお蔵になっちまうんですから。アシュハイムの魔女なんてふたつ名までついちゃって。俺も1回見た事あるんですけどね。『遠きアウクスラーベ』。カイエちゃん以外の騎士グライドなんか受け入れられないですよ。」
「なるほど」
その後も、船頭のカイエゲルダ語りは続いた。白服改め勇者はメモを取ることにしたらしい。筆記用具を取り出し小冊子に書き込みを始めた。
男が船を降りると、反動で船は大きく揺れ、波止場がキイと音を立ててきしんだ。
「また頼む」
「どうも御贔屓に。クレフさん」
白服改め、勇者改め、クレフと呼ばれた男は波止場を後にした。
ガチで投稿してしまう……やばい。小説投稿サイトに文章を投稿してしまう……。