(3)
しかし私も大概だ。
大前提として、キルシュは金を持っている。凄腕の冒険者であるため、羽振りがいいのだ。そして間違ってもケチではない。
つまり――キルシュは金払いがいいのだ。ポンと気持ちよく金を出してくれるから、彼が回してくれる仕事は正直に言って、美味い。
なにやら勝手に弟ヅラをするキルシュとは距離を置くのが一番とわかっていたが、現金の魅力は抗い難かった。
私はしがない日雇い労働者。日々食いつなぐのに必死で貯金なんてものはないから、万が一体を壊したら、終わる。
けれどもじりじりと私も老いていくわけで。
夜、元の世界よりずっと簡素で硬いベッドに横たわっていると、あとからあとから未来への不安が溢れてくる。
それを打ち消せるのは、優しい言葉や態度じゃない。
お金だ。
私はお金目当てでキルシュとのなあなあの付き合いを続けていた。
私が距離を置いても、キルシュならば空気を読まずに詰めてきそうという諦念もあったが、やはり金払いがいいという長所は捨て置けなかった。
けれどもお金目当てにキルシュの態度を受け入れていることに、私はどうしても後ろめたさを感じずにはおれない。
気がつけば、細々としたことが苦手なキルシュに代わり、面倒な書類や事務手続きを片づけていた。
さながら、キルシュのマネージャーといったようなポジションに落ち着いてしまったのだ。
それは私からすると不本意ではあったものの、キルシュを利用しているというような後ろめたさは、いくらかやわらいだ。
そしてずっといっしょにいれば情も――まあ、ほんの少し、毛の先っちょていどの情は湧いたけれど。
「姉さん~なんかよくわからない書類が出てきた~」
……キルシュの残念な一面を発見するたびに、湧いては枯れるということを繰り返しているのだった。
「姉さん、今度の依頼なんだけどさ~」
気がつけばキルシュから「あなた」とか名前とかで呼ばれず、「姉さん」と呼ばれることが定着しだしたころ。
キルシュを名指しした依頼が舞い込み、彼から同道を求められた。
私も依頼の内容を確認する。単純な、増えすぎたモンスターを駆除する依頼だった。
場所は、新入りの冒険者も立ち入る古く浅い迷宮だったが、近ごろ賞金がかかっているグレーターモンスターが棲みついているとのよからぬ噂があるところ。
私はまったく戦えないので、その情報に一抹の不安を覚えた。
「大丈夫大丈夫。姉さんは死なせないよ」
キルシュはいい加減なところはあるものの、依頼に関してだけは見る目はちゃんとある。
それは短いながらも濃いつき合いの中でよくわかってはいたものの――。
私は思わずキルシュを見上げた。
キルシュはそれニコッと笑顔で返す。
――不安だ。
私はどうしても胸中に生じた不安を消せなかったが、しかしキルシュから報酬を折半して渡すという異例の厚遇に釣られて、彼に同行することを了承したのだった。
……しかし、くだんの迷宮に到着しておおよそ五分後には、私は同道したことを後悔するのだった。
「えっ……すっごいイケメン……♡」
ぞろぞろと、総勢四名の顔面がキラキラしいイケメンを引きつれたイチジョウさんと再会したのだ。
イチジョウさん――私とは元の世界で同級生であった以外に大した接点がなかった彼女は、聖女としてこの異世界に召喚された、言うなれば選ばれた存在である。私とは違って。
半年以上ぶりに見たイチジョウさんは、髪は毛先を巻いていてふんわりとしており、艶があって、お肌のハリも完璧だった。
そして私みたいな仕事をしていたらすぐ泥だらけのみすぼらしい姿になりそうな、金や銀の豪奢な刺繡が施された真っ白な服を着ている。
爪はボロボロで、指にタコもいっぱいあって、髪のキューティクルがほとんど死んでいてキシキシしている私とは、全然違う。
私はその差に「へえ」と感心することしかできなかった。
イチジョウさんは最初からキルシュに見とれていて、私がいることになかなか気づかなかった。
ようやく私に視線をやったと思えば、微塵も興味がなさそう目で一瞥しただけだ。
イチジョウさんは私のことを覚えていないのかもしれない。今の私は結構みすぼらしいし、もともと濃い接点があったわけでもない関係性だ。
そして今回の依頼の内容は表向きは増えすぎたモンスターの駆除であったが、実際はとある貴人パーティーの護衛兼斥候を務めて欲しいというものだったことを、私は現地で知った。
つまり、イチジョウさんとの再会は不意のものだった。
イチジョウさんたちのパーティーの目的は、迷宮であって、そこに棲みついているらしいグレーターモンスターではないらしい。
聖女の任務とか、そういうものに必要なアイテムが迷宮にあるのかなあなどと、私は少しだけ妄想した。
イチジョウさんのパーティーでリーダーを務めているらしい、がっしりとした体格の、いかにも「騎士です」といった装備の男性は、手短にキルシュと打ち合わせをしたけれど、目的については深くは触れなかった。
私はそれよりも、キルシュを見るイチジョウさんの視線が気になった。
「ひと目惚れしました」と言わんばかりの顔でキルシュを見るイチジョウさん。
――を見る私は、「そいつはイケメンだけど、頭がアレだからやめておきなされ……」と謎の口調で諭したくなった。もちろん、そんな出過ぎたマネは実際にはしなかったが。
打ち合わせが終わり、先頭となって迷宮に入るキルシュについて行く。
背後ではイチジョウさんとイケメンたちのパーティーがなにごとかを話し合っていたものの、ときおり飛び出てくる固有名詞は聞き馴染みがなく、私には理解が及ばなかった。
「姉さん、足元には気をつけてね」
振り返ったキルシュの声に「わかった」と返し、私はイチジョウさんたちのことを一時的に頭から追い出したのだった。