第六章 22 『決別』
「……リリス…………」
ルミナは一時困惑する。
それは、アルテミシアの様子がおかしいと言うより、リリスと言う呼びかけに対してだった。困惑したのが一時だったのには理由があった。ルミナの中で断片的な情報が綺麗に繋がったのだ。
以前、アルテミシアに"君によく似た親友がいた"と言われたことがある。その親友と言うのがリリスであり、私の"核"に再利用されたクラリアスなのだろう。
当然、アルテミシアがクラリアスが蘇生できることを知らない。加えて、ルミナが自身の核となったクラリアスの事を一部覚えていると言う"欠陥"が無ければ、今の状況に陥ることも無かった。
そして、アルテミシアがルミナを"リリス"と決定づけたのは、ラクリマである可能性が高い。一度も蘇生されていない純度の高い心を持つリアとは異なり、本来であれば、ルミナがラクリマを顕現すること自体、不可能に等しかったはずだ。
ルミナがリリスを受け入れた事を考慮しても、それを可能としたリリスの心は、ある意味では"異常"と言える。
ルミナは、確かにリリスを"受け入れた"。だが、重要なのは"ルミナがリリスになった"のではなく、"リリスがルミナになった"という事だ。これには、二つの大きな意味を含んでいる。
一つ、欠陥はあれど、ルミナは"ルミナ"であるという事。現在の自己認識をいくら捨てても、心の核となった元の存在になることは出来ない。
二つ、アルテミシアが、今のルミナにどのような感情を抱いても、リリスはもう存在しないという事実。
だからこそ、ルミナの答えは出ていた。
──私は、アルテミシアの希望を打ち砕く。
ルミナはゆっくりとアルテミシアの方へ歩む。
ラクリマが安定してはっきりと顕現している事実は、ルミナの心に迷いが無いことを示している。
脱力したアルテミシアは膝を着いたまま、縋るようにルミナを見上げていた。
「……リ、リリスなのか……?」
「違うよ」
「……だ、だがっ……」
身体は震え、その表情は、慈悲を乞うように。
嘘であっても、肯定してしまえばきっと楽になれるのだろう。気持ちは痛いほど分かった。リアにはっきりと否定されていなければ、今の私はいない。
だからこそ、私は今ここで、否定しなければならない。
「──私はルミナだ」
クラリアスの無機質な瞳と表情で冷徹に答えた。
アルテミシアの瞳からぽつりぽつりと涙が零れる。さらに一歩近づいたルミナの表情は、先程までの無機質な表情は柔らかなヒトらしい表情へと変化していた。
「私はアルテミシアを尊敬している、ただのルミナだよ。アルテミシアいくら望んでも、私はリリスにはなれない。けれど、アルテミシアが辛い時、ルミナで良ければ"あなたに寄り添ってあげる"ことくらいできる」
アルテミシアは静かに目をつぶった。言葉に出さずとも理解できる。
リタイアと言う選択肢もあったかもしれない。ただ、アルテミシアは、そのラクリマによる決着を望んでいた。
気持ちを整理する時間くらいは、今のアルテミシアにはきっと必要だ。
そして、この一撃は、その第一歩になるだろう。
ルミナはゆっくりとラクリマを振り上げる。
──静かに振り下ろしたラクリマによって、勝敗は決した。
◇◇◇◇◇◇◇
「次なルナとリゼだね。あの時は私も負けちゃったけれど、リゼにとってはリベンジマッチになるね」
リアは期待に胸を膨らませていた。
「そうだな。それより、ルミナとアルテミシアはどうしたんだ? 試合終盤も様子がおかしかったが」
レナは観覧席の周囲を見渡す。リゼのリベンジマッチ。こんなに美味しそうなおやつをアルテミシアが食べずにいることが不思議だ。
「……あっ、えっと、多分大丈夫だと思うよ。上手く言えないけれど、アルテミシアにだって、試合よりも重要なこともあると思う」
レナは一瞬、ほんとか? と言いたげな表情をするが、「……それもそうか」と納得した様子で前を向いた。
「ヨシュアはどっちが勝つと思う?」
「どうだろう……ルナは相手を見下すような態度を見せるけれど、実際は全く油断していない。本当に癇に障る奴さ」
その言葉を聞いたリアは、ふふーんとどこか上機嫌に、
「ルナのことよく見てるんだね。ルナもルナだし、実は仲良いんじゃ……」
「そんなわけ無いだろう!! 人の話をする前にリアはどうなんだよ!!」
「私は、リゼに……」
「そっちの話じゃない。レナとどうなんだ、と聞いているんだ」
「っ!! な、なっ!! どうしてっ、えと、え、、」
リアは顔を紅潮させ動揺する。
人の話をする前にと言うヨシュアの話は完璧に的を射ていた。レナは、当人がいる場所でそういう話をするか? と思ったが、リアの気持ちは、リアの口から伝えられていたため、沈黙という選択肢を選んだ。
が、その対応がまずかった。
ヨシュアは不自然に思い、今度は矛先がレナへ向いたのだ。
「……沈黙? レナらしくない。事実を確認できていなければ、レナは否定する性格だ。やっぱりなにか──」
「ないない!! 本当に!! やめて!!」
リアの動揺は加速する。まるで頭から湯気が出ているようにさえ見えた。
「怪しいな…………ま、いっか。僕は色恋沙汰に興味がある訳じゃないし」
リアは胸を撫で下ろした。
──バレなかったっ、、助かった……
レナは胸を撫で下ろした。
──理由は分からないが、あれ以上追求したらリアが暴走するような気がした……
そして、丁度良いタイミングで、ルナとリゼの試合は開始する。




