第六章 21 『再会』
二人は、ただいつものように。
アストルムの修練で、何度も刃を交わした。
それは師として。
師に稽古をつけてもらう弟子のように。
その声も、顔も髪も、瞳さえも、──異なるのに。
どこか彼女を重ねている自分がいた。
私が目にした光景が夢だったのなら。
もしどこかに彼女がまだいるのなら。
これは逃げだ。
人が生き返るわけもなければ、この脳裏に焼きついた記憶が夢であるはずもない。
だって、忘れるはずがないだろう。
──私の親友は、死んでしまったのだから。
──私が、殺してしまったのだがら。
アルテミシアとルミナの戦闘が開始されようとしていた。
「ルミナ、今日は修練じゃない。私は全力で戦う」
私の弱さが生み出した希望。
それが弱さだと分かっていても、私の心は従わない。
だから、これは好機だ。きっとこの希望は、ルミナと全力で戦うことでしか清算できない。
「もちろん。私だって本気で行くよ」
束の間の静けさの後、静かに戦闘は開始した。
近接戦闘も得意な二人だが、中距離の異能を多く行使できる両者の睨み合いは避けられない。
「──ノア・エレクトル」
アルテミシアの頭上から瞬時に落雷が発生する。警戒しているアルテミシアに通用しないことは百も承知、狙いは攻撃を避ける点にあった。
が、アルテミシアは攻撃を避けることは無かった。
「──リ・レクタ」
ルミナが詠唱を終える前に、ほぼ同時に詠唱を完了させたのだ。
瞬時に自身を囲む立方体の結界を構築し、落雷を相殺した。
「ちょっとずるいかもしれんな、ルミナの異能のことはよく知っている」
「そんなことないよ、私だってアルテミシアのことは知っているんだから」
「さて、それはどうかな」
アルテミシアはニヤリと笑みを零すと、
「──オレイアス、来い」
アルテミシアの呼びかけに応えるように、オレイアスは姿を現す。背丈は高く、明るい緑色のロングヘアーにエメラルドグリーンの瞳。実態化したオレイアスを見たのはレナ達も初めてである。
可憐な女性のように、神々しくも儚い姿は人型でありながら、"精霊"という存在を認識させるのには十分な説得力があった。
一瞬、その美しさに目を奪われるルミナだが、我に返ると戦闘態勢をとった。
「──ネオ・エストグラム」
ルミナはプラズマの特大剣を生成する。
その様子を見たアルテミシアは、右手を前に差し出すと、
『──エル・フレイアス』
透き通った声色で詠唱は成される。何度か聞いた事のある声だ。
アルテミシアの差し出された右手に風が収束するように、高密度の風はやがて翠色の光へ変質する。
アルテミシアは修練で剣を使用するが、実践で武器を所有していない。その最たる理由を示していた。
「──ヴァレ・エレクト」
ルミナは、複数の短剣を放ちながら距離を詰める。
『──リ・レクタ』
その短剣は避けられることなく、オレイアスの詠唱により生成された結界により、相殺される。
「なんだよそれっ?!」
アルテミシアに対する攻撃は、オレイアスの詠唱により無効化される。
「これが本来の精霊使いの戦い方なのさ」
動揺するルミナに、アルテミシアは距離を詰める。
ルミナは我に返ると、全身の力を伝えるように、プラズマの特大剣を振るう。
ネオ・エストグラムで生成された武器による攻撃は、リ・レクタ程度の結界であれば、破壊することが可能だ。それは、先程までの攻防で分かっていた。
そして、それは当然ながらアルテミシアも同様である。
アルテミシアはエル・フレイアスにより生成された剣を振るう。
結界で防げない以上、ルミナには自信があったのだ。だが、アルテミシアの表情はどこか余裕に見えた。
そして、両者の剣が接触した時、その理由は露になる。
ジリジリと音を立てるプラズマは、風の剣身に触れた途端、──シュッという音と共に拡散していったのだ。
「──なっ」
ルミナは咄嗟に距離をとる。プラズマの特大剣は不安定に歪んでいた。そして、徐々に形状を取り戻す。
「──グラ・エレクシア」
今までの中で最大規模の範囲で発動させる。その範囲にはルミナも入っていた。地表からジリジリと漏れ出す雷は、器用にルミナだけを避けるように。
「君は本当に器用だね」
何度も見た異能だ。時間差で大きな落雷が来る。
「──エルシアス」
『──リ・レクタ』
アルテミシアの詠唱により、簡易結界は構築され、オレイアスの詠唱により、頭上に分厚い一枚の結界が構築される。
その様子はまさに、結界を得意分野とするガーディアンである。
だが、ルミナの表情に驚きは無かった。そこにアルテミシアは疑念を抱いていた。
そして、ルミナは一度目を閉じると集中して、
「──クエラ…」
「まさか君はっ……」
「「──ディア・アムレート」」
アルテミシアはオレイアスと共に、周囲に正十二面体の薄紫色に淡く発光する結界を構築した。かつてリグモレスで行使した結界。おそらくアルテミシアが行使できる結界で最大強度だろう。
「──トニトルス」
刹那の光は、闘技場を埋めつくした。
そして、ほぼ同時に鼓膜を突き破るような甲高い轟音が鳴り響く。
それは、一介のファースト階級、否アイズ階級であっても目にすることは出来ない最大強度の雷魔術である。
「……君って子は、本当に信じられないよ」
ルミナの放ったクエラ・トニトルスは、ディア・アムレートを破壊し、エルシアスに亀裂を入れていた。残りの結界を解除したアルテミシアの表情には疲労が見えた。
だが、それはルミナも同様である。
「……油断してればいけると思ったんだけれど、そんなに甘くなかったね」
「……先輩の意地があるからね。それに、スタミナ勝負なら精霊使いは負けないよ」
アルテミシアはこの間にも周囲の魔素をアルマを経由して取り込んでいた。
「──グラ・エレクシア」
「まさか、もう一度行使できるというのか……!!」
先程と同じ手口だ。
文字通りのスタミナ勝負をするとでも言うのだろうか。
「だが、それでは私は倒せない」
アルテミシアはオレイアスと共に先程と同様の結界を構築する。
「私も負けられない。リアと約束したから。──私は"私"を受け入れた」
ルミナは一呼吸し、集中すると左手を前へ差し出す。
幻想的な音を奏でながら、魔力は徐々に実体化していく。その特殊な異能を見間違うことは無いだろう。
──それは、一部の"クラリアス"にしか顕現できない武器。
かつてのルミナは顕現することが出来なかった。
幻想的な音は鳴り止む。
ルミナのラクリマは、背丈ほどもある円状の鎌のように。現存する武器として、形状を表現できない異質な形状をしていた。
幻想的かつ美しいラクリマを見たものは、一度は目を奪われるだろう。
それでも、たった一人、別の感情を抱いた者がいた。
──パリンッ。
何かが割れることがした。
その音は、ルミナのラクリマが不安定で崩壊したわけではなかった。
それは、ルミナの前方から聞こえたのだ。
アルテミシアの構築した結界は全て崩壊した。そして、膝をつく彼女の表情は悲哀に満ちていた。
その様子からは一切の戦意が感じられない。
「──リリス」
──それは、私が受け入れたもう一人の"私"。
──そして、私が殺した親友の名だ。




