第六章 17 『とある物語①』
レナ一行はとある施設にいた。
巨大な画面に、多くの整列した椅子。薄暗い空間はおそらく画面を強調させるための環境づくりだろう。
中央闘技場武闘大会、第二試合が終了し、一日のインターバルが与えられた。休息をとると同時に、新設した施設に訪れることにしたのだ。
「すごい大きい画面だね」
リアは感心する。フェルズガレアにおいて、表示機が物珍しい、という訳ではなかった。ただし、これほどに大きなものは見たことがない。そもそも必要がないのだ。
「物語を映像で体験出来る施設ということだ。実際にアストルディアで制作された映像らしいので、純粋に興味がある」
アルテミシアは少し期待するように説明する。 そして、「映像が始まったら私語厳禁だ」と付け加えた。
照明が落ちると、大きな音と共に画面に映像が流れ始める。
画面は暗転し、身寄りのない孤独な少女の視点から物語は始まる。
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人っ子一人いない、廃材だらけの土地。
ずた袋を引き摺る少女は、ボロ布を羽織り鉄くずを拾う。
遥か遠方に見える巨大な神樹を目指し、血の滲む素足を進めていた。
かろうじて整備された道をしばらく進んだ後、壊れかけた大倉庫のような場所へ辿り着く。
「……あの……これ……買ってください……」
少女は掠れた声で店主に声をかける。
迷いない行動から、それは日常的に行われていることだろう。
「またお前か。小銭にしかならないのによくやるよ。そこに置いとけ」
店主は少女の持ち物を回収すると、数枚の硬貨を地面に放った。
少女は膝をつき、一枚一枚硬貨を丁寧に拾う。
再び立ち上がると、笑顔で店主の方を向き、「ありがとうございます」と、一言。
「──チッ。気味の悪いガキだ」
少女はその足で少し離れた場所にある食料を販売している店へ訪れる。
「……あの……すいません……」
実際に訪れたのは店の裏手にある場所だ。
言うまでもない。私に売ってくれるのは通常捨ててしまうような食料である。
硬貨を丁寧に重ねると、大きなゴミ箱の上に積む。
そして、再び満面の笑みで一礼する。
「……汚ぇ、乞食が。さっさと持ってけ」
店主は水と干からびたパンを放ると、私を害虫の如く追い払った。
──胸が爛れそうだった。
私の行動を、感謝の言葉を、笑顔の意味を、──知らないくせに。
──狂おしい程憎かった。
そうすることでしか、生きていくことすら出来ない自分の存在が。
少女は血の滲む素足で再び帰っていく。
行きは辛かったけれど、帰りは大分楽だ。身体が軽くなったような、そんな感覚。
重い鉄くずを持っているからとか、そんな単純な理由ではない事くらい私にだって分かっている。
少女は立ち止まる。
到底家と呼べる場所ではないけれど、私の帰る場所はここしかない。
鉄くず収集をしている廃材だらけの土地よりは多少マシな程度。毎日毎日、お金に変わるものを集めては売り、食料を譲って貰う。それは仕方の無いことだった。私が今いる土地の生態系は枯れているため、食料の調達すら一人では満足に出来ないのだ。
「アイゼ、ご飯貰ってきたよ」
少女は物陰に隠れる自分より一回り小さい少女に声をかける。
「お姉ちゃん……」
「ごめんね、今日もこれしか貰って来れなかった」
「そんなことないよ、いつもありがとう」
アイゼは干からびたパンを噛み切ると、水で押し流すように飲み込んだ。
沈黙が続いた。いつもの事だった。
私が満足に食料を調達できないから妹に辛い思いをさせている。
私がいるからお姉ちゃんに辛い思いをさせている。
二人は感情を押し殺すように、食料を飲み込む。
だが、時に自制心は年齢の差を如実に現すものだ。
アイゼは、ぽつりぽつりと涙を流していた。
「あれ……私……なんで……」
「アイゼ、辛い思いをさせてごめんね。私がもっとしっかりやれてれば……」
「違うの……お姉ちゃんは何も悪くない……ただ……お姉ちゃんばっかり、なんでこんなに辛い思いしなきゃならないんだって考えたら……何も出来ない私も嫌になっちゃって……だから、お姉ちゃんは何も悪くないの……」
「アイゼは私の唯一の生きる価値なんだ。それに、姉が妹を守るのは当たり前のことなんだから」
「……ありがとう、お姉ちゃん。私もお姉ちゃんのお手伝いができるように頑張るから」
「うん。ありがとう」
私は笑顔で答えた。
素直に喜べなかった。大切な妹に、今の私と同じ経験をさせる訳にはいかない。
◇◇◇◇◇◇◇
ある日、鉄くずを硬貨に換金した後のこと。何かおかしかった。物音が多く、騒めいていた。
周囲の薄暗さに違和感を覚えていた。
雲の影にしては移動が速い。
何故だろうか。周囲の人間は神樹の方に逃げるように走っていく。
ふと神樹の頂上を見ようと空を見上げた時。
その理由を知った。
得体の知れない巨体は上空を移動していたのだ。
巨体は何故か神樹とは反対方向へ移動して行った。
私は本能的に恐怖を感じた。すぐにでも距離をとりたいから反対方向へ逃げる。神樹の方へ走り去った人々も同じだろう。
でも、私は違った。
不思議と体が動いたんだ。
否、理由など考えればすぐに分かることだ。
──私は一人、得体の知れない巨体を追いかけた。




