第六章 16 『紫色の閃光』
日が落ちる頃、闘技場は照明により昼間のような明るさを保っていた。
トーナメント二回戦の最終試合、ルミナとシルト・クライムの戦闘が開始する。
「──ネオ・エストグラム」
開始と同時にルミナはプラズマの特大剣を生成した。それは、リアと戦闘した時よりも大きく、洗練された形状。
明確な理由は無い。
だが、極自然に、なるべくしてその形状は象られた。
シルトは杖を構えていた。大杖ほどでは無いが、それなりの長さにそぐわない細さ。
アイズ階級に匹敵する実力となれば、自衛手段として、近接戦闘をある程度こなせるのが当たり前の世界である。にもかかわらず、少女は杖以外の一切を持ち合わせていない。
逆に言えば、それ程に"何らかのの"異能による戦闘力に自信があるのだ。
ルミナは高速で接近する。その動作一つ一つに微弱な紫色の雷が発生する。異能による身体強化の類では無いが、電気信号の性質を上手く理解し繊細な使い方をしていた。
「──ゼラ・ウェントス」
シルトは広範囲に強力な竜巻を巻き起こす。近づいてくるルミナに対し、咄嗟に魔術を行使したかのように見えた。
ルミナは竜巻を両断するように大振りで切りかかる。特大剣を振るうにはあまりにも短過ぎる時間。プラズマにより生成された特大剣は質量を持たない。
道を切り開くように竜巻を両断するが、洗礼された形状であるはずのプラズマは、その輪郭が揺らいでいた。シルトはその揺らぎを見逃さなかった。
「──テラ・ウェントス」
再び最短時間で風魔術を行使する。ルミナはなんとか強引に突破することに成功するが、プラズマによって生成された特大剣は霧散しかけていた。
ルミナは霧散しかけたプラズマをそのまま薙ぎ払うように、
「──ヴァレ・エレグラム」
霧散しかけたプラズマは複数の短剣へと形状を変化させる。ソレは広範囲から曲線を描く様に高速で放たれた。
霧散しかけたプラズマを強引に変形させて飛ばしたところで、対象に到達する前に完全に霧散してしまうだろう。
苦し紛れに詠唱したかのように思えたその異能がシルトの目前に迫った時、気づくこととなる。
「──っプラズマじゃ?!」
咄嗟に避けようと考えるが、シルトの身体能力では到底逃げきれない。
「──アルタス」
シルトを囲うように正四面体の結界が生成される。かつてみたアルテミシアの結界に比べると、その強度はかなり劣る。咄嗟に生み出した、ルミナの異能を防ぐには十分の性能を備えていた。
しかし、その事実は同時にシルトの弱点を示した。結界は張ってしまったが最後なのだ。結界を生成した者は、結界が破壊されるか、自ら解除しない限り、次の行動を起こすことができない。
唯一の例外は、精霊のような第三者によって結界を生成してもらうことだ。魔道具の利用という手もあるが、本大会では禁止である。
つまり、シルトが次の行動を起こすとすれば、結界を解除する際に生じる隙が必ず存在する。加えてシルトの身体能力が高くないことは先程の行動で分かっている。
言わば先制有利だ。
「──グラ・エレクシア」
ルミナが詠唱すると、シルトを広範囲でより囲むように地面が振動する。表面から数多の雷がジリジリと盛れだし、広範囲に強力な帯電が起きる。
対象を範囲内に捉えることが難しい異能だが、捉えてしまえば話は別だ。範囲内に捉えてなお、無傷で範囲外に出れる者は逸脱した身体能力を有した者か、異能の特性に気づき対応できる者のみである。
シルトは判断に迷い、結界を解除できずにいた。その焦りを感じ取ったルミナはすかさず追撃する。
「──ヴァレ・エレクリアット」
本来は対人向けではない異能。雷属性の短剣を次々へとシルトに投擲する。一撃は軽いものの、絶え間ない攻撃にただ耐えることしか出来なかった。
50本の短剣を投げ切った後、全ての短剣を伝播するように紫色の電撃が走る。
その電撃をも防ぎきった後に生まれた少しの間。このまま耐え続けても負けるという焦りから、シルトは攻撃を防ぎきったと錯覚してしまった。この隙に結界を解除し、次の行動を起こすしかないと。
シルトは結界を解除すると、杖を構える。
最短で放てる最大火力の異能を詠唱するために。
杖をシルトの頭上へ掲げるように。
その時は一瞬だった。
── 一瞬の眩い紫色の閃光と同時に轟音が鳴り響く。
ルミナとシルト・クライムの戦闘は巨大な落雷により終結することとなった。
その光景をみたアルテミシアは悲しげに胸に手を当てると誰にも聞こえないような細い声で、
「……君を見ているとどうしてか思い出してしまうな……もう振り返らない。そう決意したはずなのに」
レナは気づいていたが、反応しなかった。これはきっとアルテミシア本人でしか解決することの出来ない問題だからである。
解決できる者がいるとすれば、あるいは……
──私の脳裏に焼き付いた紫色の閃光
暗い後悔の色が、閉じ込めた記憶を刺激する。
ルミナという少女を知る程に、心の深いところが熱を帯びる。
あと一歩、彼女のことを知れば何かが変わる。
そんな予感がした。




