第六章 10 『穢れ』
漆黒の鎧を纏う大男は不動にして佇む。
そして、暗黒のオーラを僅かに纏うように。
観覧席からその様子を眺めるアルテミシアの足は僅かに震えているようにも見えた。
「なんだ……あいつは……」
「アルテミシア……大丈夫か?」
レナは心做しか何かに怯えているようにも見えたアルテミシアを心配する。
確かに並のガーディアンであれば、身体が危険信号を発する程の存在だろう。それでも、アルテミシアが怯えるのには別の理由があるように感じた。
「いや……すまない……種族の特性と言うやつかな……相変わらず慣れない」
「慣れない?」
「ああ。ブラッドという男、謎に包まれているが一つ明確なことがある」
「確かに相当の実力者にも見えるし、少し嫌な雰囲気はするかな」
「生理現象とは言え私が前者に怯えることは考えにくいだろう。問題はレナが"嫌な雰囲気"と表現した方だ。それは、エルフが最も苦手とする特性──」
アルテミシアは一呼吸おくと、震えを止めるように胸を撫で下ろすと、
「──穢れだ」
「穢れ?」
「精霊と契約者の関係。精霊と共生するエルフが最も忌み嫌う者。それは、悪意によって世界を崩壊へと導く者。私達はそれらを"穢れ"と呼んでいる」
「身に纏っている黒いオーラは何か関係あるのか?」
「異能の一種だろうが、あれは悪意によって可視化されるものだ。今のブラッドは悪意を抑えているのだろうな。だが私達には直感で分かる。底見えぬ悪意があの男の中には渦巻いている」
その頃、カルネ・アマルスは目の前に立つブラッドに対し、一切譲らぬ姿勢を見せていた。
大抵の"ガーディアン"であれば、野生の勘でブラッドという大男が危険である事は感じ取れるはずだった。
だがオルフェイアは違う。
異能を感知することは出来ない。頼りになるのは直感とも呼べる感覚だが、自らを律しているブラッド相手に驕りを捨てきれないカルネは警戒心の一切を意識から外していた。
「お前、ガーディアンでさえないらしいな。何故こんな舞台に顔を出した?」
「……」
「だんまりかよ。随分と良い鎧を身につけてるじゃないか。それに引替え武器は凡庸も凡庸。必死に身を守ろうとする意思が丸見えだぞ」
「おいおい……オルフェイアはこんなやつばかりなのか?」
ロゼリアは呆れたように呟く。
ミシェルはやれやれと片手で顔を隠すように、
「全くだ……私の目が行き届いていないにしても恥ずかしい限りだよ。良くも悪くもアストルディアは比較的平和だからな。それに"上位魔法"以上の使い手はそう多くない。優越感や安いプライドをもつ者が多いんだ。だが、この場ではそれが通用しない。だからこそ学んで欲しいという意味合いもあるのさ」
「そうか……ただ相手が悪かったな。自信の喪失では済みそうにない」
ロゼリアは今にも戦闘が始まりそうな二人を見ると同情するように零した。
「……ミヲマモル? ナニカラ?」
低い機械音のような単調な声がした。
「なんだ、喋れるじゃないか。何からって攻撃からに決まっているだろう。防御なんて魔法で事足りる。そんな大鎧を身につけている時点で察しがつくんだよ。お前が"持たざる者"だと言うことが」
「……フフッ」
「何がおかしい? いや、もう良い。圧倒的なまでの才能の差というのを思い知らせてやるよ」
「──テラ・トニトルス」
カルネが詠唱すると、一瞬上空が青白く光る。
そして、ブラッドの頭上にピンポイントで大きな落雷が発生した。
その眩さにブラッドは輪郭を覆われるように包み込まれた。
「どうだ? ステルファの魔法モドキとは威力が違うだろう? 上等な鎧でも無傷では済むまい」
高笑うようにカルネは前進する。
光が収まり、ブラッドの姿が明確に現れる。その姿を見た多くの者は衝撃を受けた。
一切の防御体勢もとらなかったブラッドは、大きな落雷を頭上から直撃したにもかかわらず、
──かすり傷一つ、ついていなかったのだ。
「……なんだ……お前……ふっ、ふざけるな。直撃だぞ……そんなバカな……」
カルネはゆっくりと後ずさる。
「……ダカラ、ナニカラニゲルッテ?」
低い声は弱者を捕食するように。
「ま、まてっ。来るな!! 私が悪かった!! 殺さないでくれ!!!!」
カルネは顔を歪ませ涙を流した。
この戦闘において、原理的に実際に傷をおうことはまず無い。
だが、その事実さえ忘れるほどに怯えていた。
"凡庸な大剣"を脱力しながら引きずるブラッドはカルネの目の前に迫っていた。
ゆっくりと大剣を上げる。
「ま、まて……いやだ……」
腰を抜かし尻もちをつくカルネは言葉を絞り出すことさえ叶わずに。
──大剣は振り下ろされた。
大剣はカルネを両断し、地面を抉った。
地面に切先が触れた刹那、上から順にパリパリと大剣は粉砕していく。
粉砕する大剣と連動するように闘技場全体は振動する。
カルネは当然転移していたが、傷を負っていないにもかかわらず気絶していた。
その様子を観戦していた者の多くは言葉を失っていた。
そんな中、大興奮する女性騎士が一人。
「なんだアイツは!!!! 素晴らしい!!!! ああああんっ/////」
ミシェルは頬を染めてビクリと身体を震わせる。
ロゼリアはその様子をついに素が出たか……と、白い目で眺めていた。
そんな視線に気づいたミシェルはコホンと咳払いすると、
「ま、まあ、さすがフェルズガレアだ。私の目に狂いはなかった。きっと良い経験になるだろう」
鼻をピクピクとさせながら騎士団長は取り繕った。




