第六章 9 『正義』
高所から二人の戦闘の終わりを見ていたミシェルは、側近のとある人物に目配せすると、
「アルゼン、ノクト・レクネシアをリストから外せ」
「承知しました」
白金の仮面に黒いローブに身を包んだ人物は中性的な声色で答える。
ロゼリアはアルゼンと呼ばれる人物の情報を明かさない徹底ぶりに感心していた。
外見、所作の全てが演じられたものであり、おそらく"アルゼン"と言う名も本名ではないだろう。
「なるほどな。アストルディア最高の騎士団長がこんなところで高みの見物しているのかと思ったらそういう事か」
「こちら側話になるが、本大会で優勝した魔法士はレディアライト騎士団長に次ぐ七人に与えられし『パラディン』の称号を得ることになっている。そして、優勝とまではいかなくとも、私が欲しいと思えばレディアライト騎士団への入団がかなうだろう」
「どうりで多くのオルフェイア達が参加しているわけだ。ノクト・レクネシアは勝利したがリストから外して良いのか? 優勝するかもしれんぞ」
イシュタルはいたずらに口角を上げると、からかうように言う。
「冗談はやめてくれ。ロゼリアにも分かっているだろう。あのような小物が優勝するはずがない」
「それもそうか」
当然の結論だ。相手の力量を見誤るどころか、セカンド階級というだけの理由で攻撃を故意に受け、あまつさえ相手を見下す器の小ささ。
勝利の理由は行使した魔法が強力だった。それだけのことである。
沈黙の中、ロゼリアは気になっていた本題を切り出す。
「ところで、そろそろ私をここへ呼んだ目的を教えて欲しいものだが」
「単刀直入に聞こう。ロゼリアはアストルディアに住まう者達のことをどう思っている?」
「いきなりだな……どうもこうも、私の手の届く範囲は限られている。正直な話、考える余裕さえ無かった。上空の遥上の世界の話、こうして君と話していてもあまり実感がない」
「考える余裕が無かった……か、耳が痛い話だ。恥ずかしながら、我々の生活するアストルディアはフェルズガレアと比べたら楽園のような場所でね、ゼノン化する者も少なければ、魔獣もいない。ロゼリアの言う"考える余裕"も与えられている」
「ほう……楽園ときたか。どうもそんな表情には見えないが」
「ゼノン少ない、魔獣もいない。そんな世界でも戦死者は少なくない。どうしてだと思う?」
「この前フェルズガレアを襲ったメルゼシオンではないのか? あれの脅威は魔獣やゼノンの比では無いだろう」
「無論、メルゼシオンはアストルディアの脅威だ。我々騎士団はその対処が主な責務と言っても良い。だが、メルゼシオンはアストルディアに危害を加えることは無い」
「なんだと……?」
「フェルズガレアのメルゼシオン襲来による被害がこれだけ出たのに対し、アストルディアの被害はも文字通りゼロなんだ」
「メルゼシオンは確かにフェルズガレアの人々を……」
ロゼリアは表情を曇らせる。
仮にメルゼシオンがアストルディアに被害を与えないとして、何故アストルディアはメルゼシオンの処理を行っているのか。何故、フェルズガレアの人々はメルゼシオンによる攻撃を受けたのか。
「ロゼリアが疑問に思っていること、その答えは私も知りえない。これはただの推測なんだが、──"異能"を行使する者、"魔法"を行使する者。この差こそが重要な鍵なのでは無いかと考えている。そして、大きな問題はまだある。メルゼシオンがアストルディアに被害を与えないとして、戦死者がやまない理由。それが"オルフェイア同士の抗争"だよ。脅威が少ないと言うのに、今度は人同士で殺し合うんだ。信じられないだろう?」
ロゼリアの表情は一段と険しくなっていた。ただでさえ手一杯だと言うのに、アストルディアは問題だらけときた。こんなことならアストルディアはただの楽園だと言われた方がまだ救いがあっただろう。
「すまない、困らせてしまったね。極論、アストルディアとフェルズガレア、両者が手を取り合うことでしか真実を知ることは出来ない。この歪んだ世界を正すことは出来ない。だからこそ"世界を正すために手を取り合う"、その理想を現実にすることが私の『正義』だと考えている」
「そうか……だが、その話をなぜ私にする?」
「私はロゼリアを見た時に直感した。私がなすべきことに欠かせない存在であると。ロゼリアと関わることが一番可能性の近道だと感じたからだ」
ロゼリアの目を真剣に見据えた剣聖は微笑むと再び前を向く。
束の間、その表情は驚きの表情へと変貌していた。
「ちょっと待て……なんだアイツは……」
「皆さん注目です!! 次の試合はーー!! レディアライト騎士団候補生カルネ・アマルスVS謎に包まれし挑戦者ブラッド!!」
ミシェルが驚いたのは間違いなくブラッドを見たことによるものだろう。
全身を覆う漆黒の鎧に凡庸の特大剣。鎧はかなり上等なものであるが、武器は大きいだけの安物である。
何より印象的なのは体の大きさだ。優に二メートルは超える体格は漆黒の鎧と相まって、猛烈な威圧感を放っていた。
「ここからでも分かる。ブラッドという男、紛れもない強者だ。これだからフェルズガレアは……と、ロゼリア、あの大男を知っているか?」
「…………いや……知らん」
ロゼリアは一瞬言い淀むが、そう言い切った。
「戦いぶりを見れば何かわかるだろう。無論"戦い"になるとは思えないが」
剣聖は心底嬉しそうに表情を緩ませる。
ミシェル・アストレアの"世界を正すために手を取り合う"と言う考えには確かな『正義』があった。ロゼリア自身感銘を受けたが、戦闘を好む性質だけはやはり理解できないと落胆する自分がいた。




