第六章 6 『才能』
「お、リアとルミナ来たのか。仲直りは……できたようだな」
アルテミシアは単調に声をかけるが、口元の緩みを隠せていない。
ルミナは「別に、喧嘩した訳じゃないし」と強がるが少し頬と耳が赤い。
「そうかそうか、それでも私は嬉しいよ」
アルテミシアはルミナとリアの顔をしっかり確認すると安堵するように答えた。
「それに丁度良いところに来たね。ルナとヨシュア、面白いことになっているよ」
二人は首を傾げるが、交戦中のルナを見ることでその答えを知ることになる。
「ルナが……押されてる?」
リアは驚いた様子で声を漏らす。
ヨシュアもファーストのガーディアンだ。今更強いことに驚きは無いが、ルナ相手では話が変わってくる。
ほぼ近接戦闘しか行えないヨシュアに対して、ルナは異能も魔術も使いこなす上に、二人に分身できる数のアドバンテージを備えている。一対一で同程度の実力を持ってたとしても、ヨシュアはルナに勝つことが出来ないのだ。
だが、ヨシュアは分身した二人のルナとの戦いで優勢だった。そして、驚くべきことに魔法は一切行使していなかったのだ。
戦闘を眺めていたリアはもう一つ気づいたことがあった。
「……というか何でルナあんなにブチ切れてるの……?」
「あはは、まあ君達が色々あったようにこっちにも色々あったのさ。君達の問題に比べればかなり程度の低い話だが。とりあえずリアはルナのことをあまり刺激しないであげてくれ」
「へ? そんなつもりは無いけれど……気をつけます」
薄ら笑いを浮かべるアルテミシアにやや疑問形でリアは答えた。
「「おい……何で魔法を使わない……舐めてるのかクソガキ」」
二人のルナは苛立ちを隠せずに吠える。
ヨシュアの剣は二つの大鎌を同時に受け止めていた。その光景を見たリアは疑問に感じていた。
「何故同時に切りかかってるんだろう……私にしたみたいに一人ずつ攻撃を仕掛ければ良いのに」
当然の疑問である。ヨシュアはあくまでも剣一本で戦っている。一人のルナを受け止めていればもう一人は自由にヨシュアを攻撃することが可能だ。
「ああ、今来たリア達はそう感じるのも無理はない。簡単な話さ。ルナ一人では近接戦において、"物理的な力"でヨシュアに到底及ばないという事だ。現に最初に一人のルナが本気で斬りかかった時、受け止めるどころか弾き返していたよ」
「なるほどね。ヨシュアがレナの技量を推し量れなかったように、ルナはヨシュアの技量を推し量れなかったわけだ。レナとの戦闘なんて一方的すぎて参考にならないもんね。異能の適正がゼロであるヨシュアであれば尚更未知数だ」
「異能はもちろん、唯一の魔法もまだ行使していない。身体強化もしていないのにファーストのルナの全力に勝ってるということ? それじゃあまるで……」
二人の話を聞いたリアは言い淀む。
レナや剣聖のような天賦の才能を微塵も持たずして、齢十五にしてファーストまで上り詰めた少年。
その事実は真に少年を"天才"であると物語っている。
「それにしてもこれ程とはな……ルナは紛れもなく優秀なガーディアンだ。この先特に頑張らずともアイズ階級には突然のように到達するだろう。それ程に潜在能力も才能も高い。いや……それ故か……」
生まれた時から当たり前のよう優れた才能を兼ね備えていたルナ。
生まれた時は何一つ持ち合わせていなかったヨシュア。
この二人の環境の差こそが才能の差を埋めたのだ。
「流石に押し切れないか……」
二つの大鎌を一振の剣で受け止めるヨシュアは呟く。
その言葉を聞いたルナはスっと冷静になると、
「……あーもうめんどくさっ。──アル・リフレクタ」
ルナは吐き捨てるように詠唱すると、自身の体を淡い紫色の光が覆う。その光景は以前にアステリアが寝る前に纏っていた光に少し似ていた。
刹那、二人のルナは少し姿勢をおとすと、一人のルナに負担をかけるようにもう一人のルナは後方へバックステップする。
必然的にヨシュアの力は姿勢をおとしたルナを圧倒するように。
「──ゼラ・グラキエス」
バックステップしたルナが詠唱する。
ヨシュアであれば、詠唱を聞いてから魔術の範囲外に回避することも出来ただろう。が、ルナの不可解な行動にヨシュアの反応は遅れた。
驚きの声を漏らすヨシュアの半身は凍りついていた。
同時にヨシュアの剣を受けていたもう一人のルナは、氷柱により完全に凍りついていた。
ヨシュアは慌てて氷から逃れようとするが、強度の高い魔術によって生成された氷柱を破壊するのは簡単ではない。
そして、ルナは追撃するように、
「──ブレイズ・エッジ」
ルナの大鎌は激しく紫色に発光すると、巨大な斬撃を解放するように放つ。
巨大な斬撃はもう一人ルナを巻き込むようにヨシュアに襲いかかる。
氷柱は崩壊するが、その時既に中に閉じ込められていたルナは存在しなかった。
──パリンッ。と言う音と共にヨシュアの結界は破壊される。
「──そんな……狂ってる……」
「狂ってないよ。私が最初に結界を付与したのはエインセルを怪我させないためだし。氷柱で閉じ込めたのは気づきにくいタイミングでエインセルに帰ってもらうためにしたこと。私とエインセルの違いに気づくのは高位の異能を使いこなすガーディアンにも至難の業だ。魔力探知に疎い君には一生かけても見分けはつかないだろうね」
つい少し前までブチ切れていたはずのルナは饒舌に説明する。
「……」
「んー?? 何か言いたいことでも?? 何だっけ?? 忘れちゃったしもう一回言ってくれないかな??」
ヨシュアは黙り込んだままじっと俯いていた。
「ま、でも真面目な話、ヨシュアは強かったよ。異能も魔法も無しにこれだけ戦えるんだ。もっと強くなったらお姉さんが色々相手してあげるよ」
「……チッ……淫乱ババアが……」
「あ゛?? 待てゴラァ!! クソガキぃいいい!!!!」
再び鬼の形相でヨシュアを追いかけるルナ。
アルテミシア達はその様子を呆れた表情で眺めていた。
まあ、少し仲が良い、ように見えなくもなかった。




