第六章 5 『親友』
リアはアストルムの建物へと足を踏み入れた。
ルミナはいつものように定位置で空色の水晶玉を眺めていた。
「来たんだねリア、どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ……何であんなこと言ったの?」
「私の言葉は本心だよ。リアを失いたくないから戦場から遠ざけたい。今の私がリアより強いのも事実。リアを守れるのは私がリアより強いから。でも、それは今の話」
「ルミナが私を失いたくないように、私もルミナを失いたくないんだよ?」
「リアは確かにここにいる。そして私はリアに救われた。でもね、私がリアを救うのは私が"ルミナ"でいる為に必要なことなんだ。これは気持ちの話ではなくて文字通りの事実だよ」
ルミナは胸に手を当てるとふとそんなことを言う。
リアはルミナが何を言っているのか想像も出来なかった。
「リアはさ、生まれた時のこと覚えてる?」
「覚えているよ。……覚えている、というか感覚的な話にはなるけれど、私が私を自覚した時には五感全てが機能してリスティルアークの中で目を覚ました。その時は状況がよく分からなかったけれど、不思議と冷静だったかな。外に出されて身体を洗って、髪を切ったり衣服を着たり、言葉も理解出来たし、なんの疑問もなくただ指示に従っていたよ」
「そんな感覚なんだね。やっぱりティシュトリアの言っていることは正しいのかも」
「そんな感覚? ルミナは違ったってこと?」
「リスティルアーク内でニュークリアスを肉体に定着させる時、稀に上手くいかないことがあるんだよね。そして、その個体は別の場所に移動されるんだ」
リアは初めて知り得た情報を前に戸惑いの表情をみせる。
クラリアスの真実を知ったリアにとって、非人道的なことが行われているのでは無いかという予感が過ぎる。
「心配しないで、別に酷いことはされないよ。戦える状態に成長すればガーディアンに、そうでなければ他の役割を補うことになる。これは推測だけれど、おそらくアリスちゃん達オムニシアの子らが代表例だと思う」
「そうだったんだ……ルミナもそこに?」
「私はちょっと特殊かな。私もリアと一緒に話を聞くまでは確信していなかったけれど、定着させるニュークリアスの多くはリサイクル品なんだよね。記憶を消して再度別の肉体に定着させる。リアがしばらくティシュトリアの元で管理されていたのはリサイクル品ではなく新品だったからなんだと思う。調整の意味合いもあったんじゃないかな。で、私の話だけれど、今の肉体で目覚めた時私、は錯乱して暴れちゃったらしいんだよね。ショックで記憶障害を起こして、結局なぜ錯乱したか分からずじまいだったんだけれどね……」
汐らしく話すルミナの姿は、何かを胸の内に留めているような、言葉にする事を躊躇っているようにも見えた。
ルミナが目覚めた時に錯乱した理由。
私が目覚めた時、なんの疑問も無く指示に従うことが出来たのは私がその時点で何も持たない空っぽの存在だったからだ。
──もし、目覚めた時に以前の記憶を残していたのなら。
「記憶って以外に染みついてるものなんだよね。肉体に宿る記憶って言うのかな。私の"ルミナ"でない記憶の欠片が残ってるんだ。守らなきゃという焦燥感。頭の片隅で呼ばれるリリスと言う名前。多分、"ルミナ"という少女は私のほんの上澄みでしかないんだろうね。私がラクリマを顕現できないのもそれが原因だと思う。顕現しようとすると嫌な記憶がフラッシュバックしそうになって、それを避けようとするとラクリマは崩壊する。本当の私を受け入れるのが怖いんだ」
「それが私を救うことがルミナが"ルミナ"でいる為に必要な理由と関係あるの?」
「私の心は歪なんだ。上澄みでしかないルミナの下には不純物で満ちている。そんな私が初めてリアと会った時、美しいと思った。その透き通った心が少し羨ましかった。だからこそ私はリアを見た瞬間から守らなきゃと思った。その綺麗な心だけは私のように汚れてはいけないと、そう思ったんだ。都合の良い解釈しているだけで、本当はただ私自身が自分と向き合うことから逃げたいだけだったかもしれないけれどね」
「そうだったんだね、逃げても良いんじゃないかな」
ルミナの回答に対するリアの対応は意外にも冷めていた。ルミナは想像と違ったのか困惑するように、
「え……いや、だから、私はリアに生きて……」
「逃げても良いと思うよ。けれど、それは私が戦わない理由にはならない。だから……」
「──私に押し付けないで」
リアは真剣な表情でぴしゃりと言い放つ。
ルミナは意表を突かれたようにとポロポロと涙を零す。
心の内を打ち明けたにもかかわらず、唯一の心の拠り所であるリアに否定された事実は心を締めつけるように。
そして、リアはすぐにルミナに近づくと抱き寄せた。
「私はルミナのこと大切に思っている。けれど、上澄みに過ぎない"ルミナ"の為にルミナを守ることを諦めるつもりは無いよ。ルミナの中に不純物なんて無い。今私の両手の中にいるルミナは全て──私の大切な親友のルミナだ」
「向き合うのが怖いなら一緒に向き合ってあげる」
「私を失いたくないなら守れるくらい強くなってよ」
「私もルミナを守れるように強くなるから」
リアはルミナを強く抱きしめると離れて微笑むように、
「私より強いなんて言ってられるのは今のうちだけだからね」
「このー……生意気なリアめ」
ルミナは両目の涙を拭うと「……ありがと」と微笑み返す。
「うん、模擬戦まだやってそうだしちょっと見に行こっか」
「げ……ちょっと気まずいけれど、おっけー」
二人はいつもの様子でアストルムを出て行った。




