第六章 3 『依存』
赤紫に発光する物体は、リアのラクリマをジリジリと音をたてながら受け止めていた。
ルミナが握っていた柄を延長するように赤紫に発光する高密度のプラズマは剣身を形作る。
同じ性能の武器同士で打ち合っても自分が勝てると思っていた。だが、ルミナはリアが本気で打ち込もうともしっかりと受けきっている。
「ねえ、リア。生死をかけた戦いにおいて、自分が戦えなくなった時のこと、考えたことある?」
「ルミナ……いきなり何をっ」
涼しい顔でラクリマを押し返されたリアは苦悶の表情を浮かべる。
「なるほどな……雷属性の異能を駆使した応用か、高密度のプラズマによる武器の生成、そして身体能力の強化。相変わらず天才という他ない。ただ……」
遠くから二人の戦闘を眺めていたアルテミシアの表情は翳る。心做しか二人を心配するようにも見えた。
「それでも近接戦闘において対ラクリマは分が悪いということか?」
「ああ。確かに分が悪い。本来であればラクリマの顕現を可能とし、近接戦闘特化のリアが勝って当然の試合だ。だが、この戦闘において間違いなく確実にリアが負ける。レナも分かっているだろう?」
レナは黙り込む。そう、聞いてみたもののレナにも分かっていた。この二人の戦いが不利有利で覆るものでは無いということを。
そして、リゼはその様子を心配そうに眺める。
「リゼ、何故これ程までに強いルミナが今まで君達ファーストの間で浮いた存在にならなかったのか分かるかい?」
「それは……どういう……」
「長く付き合っていれば私以上によく知っているだろう。ルミナの戦う理由を。ルミナが"普通"ではないということを」
リゼは複雑な表情で言い淀むと、
「──ルミナはリアに依存している」
アルテミシアはいつもより冷たい声色で言い放つ。
リゼはその迫力に押され黙り込んでしまう。理由は分からないが、アルテミシアの気持ちは今戦っている二人以外にも向いている気がした。
そんなアルテミシアの様子から察したように、
「アルテミシア、趣味が良いとは思えないが」
赤紫色の瞳は穿つようにアルテミシアを捉えていた。
アルテミシアはビクりと身体を震わせると、
「少し睨まれただけでチビってしまったよ、本当に君はとんでもないな」
「誤魔化すな。それより他にやり方があっただろう」
「──無い。断言しよう」
「なっ……」
「レナ、そもそも依存とは何から生まれるか知っているか?」
考え込むレナに割り込むように、
「──"弱さ"だよ。無論、戦力の話ではない。心の弱さだ。心身共に人知を超えたレナには理解もできないだろう」
「だが、リアの気持ちはどうするんだ?」
「そうさ、私はリアの気持ちを考えている。何も知らずに守られて来た者の気持ちを考えたことがあるか? 自分を守ってくれていたことに気づいた時、守ってくれた大切な人がこの世を去っていたら? 自分の弱さで大切な人を殺してしまったと後悔させるのが優しさだとでも言うつもりか?」
「ちょっと待ってくれ、一体なんの……」
「本当の強者には理解できない話さ。ただ、私はリアとルミナに健全な関係になってほしい。それだけなんだ」
アルテミシアは胸に手を当てると、どこか儚げな表情で再び二人のことを見守る。
「私が中距離特化になった理由。それはどんな状況でもリアを守ることが出来る位置にいたいからなんだ。だから、もしリアが戦えなければ、私が前に出てリアの為に戦う。リアが死ぬようなことがあれば、私がその代わりになる」
次々とルミナの口から言葉が溢れる。二人の重なった剣身は裏腹にもただ無機質にギリギリと不協和音を奏でていた。
ただ、ルミナの握るプラズマの剣身に込められる力は増していく。
「ちょっと……ルミナっ……どうしちゃった……の……」
「でも私は守れなかった。そしてリアは一度死んだ。リアを守れない私に生きる意味なんてない。リアより弱い私なんていらない」
刹那、プラズマは強烈な光を放つ。
離れた位置から二人を見ていたアルテミシア達も耳を覆う程の不協和音。
「……なっ!?」
リアは後方に吹き飛ばされると同時にラクリマは崩れ落ちる。
「──ノア・エレクトル」
ルミナは透かさず追撃する。
頭上から落ちる紫の落雷。リアは即座に地を蹴りさらに後方へ退くが、肩をかすめ周辺の衣服は飛散する。
「分かってるでしょ? リアじゃ私には勝てないよ。リアはただ自分が幸せになることだけ考えてれば良いの。リアの嫌いなものは私が消してあげる。その為に私は全力で戦う。もし、次にリアが死ぬようなことがあれば、私はこの世から完全に消滅する」
──私はもしリアもいなくなって、たった一人でガーディアンとして永劫に等しい時を過ごせって言われたら、頑張れないかな。
冗談交じりのルミナの声が脳裏を過ぎる。その言葉がもし本心だったのならば、リアが一度死んだと言う事実がルミナにどれ程の影響を与えたのだろうか。
「──そんなっ……でも、ルミナっ……私はっ……」
リアは困惑する。体勢を整えてラクリマを顕現しようとするが、
──パリンっ。
顕現が完了する直前、ラクリマは崩壊した。
「……なん……で……」
動揺を隠せないリアは目を見開く。
ラクリマの顕現に失敗したのは初めてのことだった。
その様子を見たルミナは私を見ると、
──悲しげな表情で優しく微笑んだ。




