エピローグ 『黎明の兆し』
閉じた瞼に熱を感じた。
瞼越しに伝わる白き光。
その光は全てを破壊すると思えたが、不思議にも周囲は無音だった。
『そうか……オレは死んだのか……』
今も尚、少女の温もりは感じていた。
ここが死後の世界だとして、リアと一緒の場所にいけたのなら喜ばしいことだ。
レナはお互いの気持ちを確認するように、ゆっくりとリアから離れると瞼を開く。
──そこは、死後の世界などではなかった。
先程まで上空を漂っていたメルゼシオンの大群は、無限にも等しい白き一閃で両断され消滅していたのだ。
そして、その一閃を放った存在は上空にいた。
少女の肩に僅かにふれる純白の髪は直線を描き、身の丈を超える白き特大剣は右手で握られていた。
メルゼシオンが出現する度、少女の細腕に従う特大剣の一振りでその尽くは消滅させられる。
二人は一瞬で理解した。今上空を支配する少女こそがこの世界で最強の存在であるということを。
そんな少女に目を奪われる二人は、上空から人が降って来るのを目視する。
──ただ、垂直に。
落下しているというのが正しいだろう。
爆発音にも等しい音を発し地面に着地する人物は、その衝撃で大きなクレーターを作る。
砂埃舞う中、コホンッと咳き込みながらこちらに歩いてくる一人の女性。
白金色の長髪を規則正しく揺らし、砂埃で涙ぐむ透き通った青色の瞳はこちらを捉える。
高貴な騎士ような装備に、携えるは四本の剣。
女性の重心を見るだけでレナら理解する。
剣技だけであれば遥かに自分より強い存在であると。
レナの中で点は線として繋がる。
今目の女性こそ『剣聖』の称号を与えられたアストルディアの騎士団長なのだと。
その女性は二人の目の前に到着すると一切のブレなく敬礼する。
「私は王都アスティルフェレス、レディアライト騎士団長ミシェル・アストレアだ。最初に、今回の事態について謝罪する」
ミシェルは深々と頭を下げる。
「レナだ。よく分からないけれど救われたようだ。ありがとう」
「リアです。助けて頂きありがとうございます」
「いいや、感謝される義理はない。あのメルゼシオン共は我々が討ち漏らしたのだから」
申し訳そうに話すミシェルの上に影が迫る。
上空を蹂躙している少女が仕留め損ねたメルゼシオンが落下してきたのである。
ミシェルは一本剣を抜くと、そのまま上空に向けて──シュッと切り上げる。
刹那、剣が通過した軌跡は極大な光の斬撃としてメルゼシオンを蒸発させた。
そして、握っていた剣は崩壊する。
ミシェルは照れながら笑みを零すと、
「すまない。力加減が下手でな。予備を四本持っているのだが、すぐに丸腰になってしまうんだ。剣聖の名が聞いて呆れるだろう」
呆れる? 笑えない冗談だ。
突如頭上に現れたメルゼシオンを何の構えもなく一瞬で消滅させたのだ。
──それも、純粋なヒトの身で。
「いや、本当に助かった。ミシェル達が来てくれなければリセレンテシアは崩壊していた。ちなみに、上空で戦う少女はミシェルの仲間、という事で良いのだろうか」
「そう言って貰えると助かる。正直、私は切られてもおかしくないと考えてここに来た。あのお方はどう思っているか分からないが今は騎士団と手を組んでいる」
確かに、アストルディアの人間が討ち漏らした事でリセレンテシアが危機に瀕したのなら、それを憎む者もいるだろう。だが、少なくとも今この場にそんな者はいない。
「それより、あれはどうなっているんだ? メルゼシオンなど今まで見たこともなかったのに一度現れたたと思ったら今回はこんなことに……」
「我々も頭を抱えているところだ。メルゼシオンは神樹の頂上から発生しフェルズガレアへ向かうのだが、その頻度はせいぜい七日に一度、数体程度だ。我々はそれに備えてメルゼシオンを討つ任についているのだが、今回は見ての通り。エクシア様がいなければ、かなり厳しいことになっていただろう」
エクシア様とは上空にいる少女のことだろうか。
そんな話をしていると、少女はこちらに降りてくる。そしてメルゼシオンは一体も残っていなかった。
少女はゆっくりと舞い降りるように。
特大剣、光の衣は光子となり散るように消滅する。
「エクシア様。この度は誠にありがとうございました」
「ん。構わない」
エクシアは興味無さそうにあしらうと、青みがかった銀色の瞳はレナを捉えるように。
「──レナ・アステル」
冷徹な瞳は、レナを穿つように。
正直、エクシアが今何を考えているのかが微塵も予測できない。
「エクシア様、この少年は確かに"レナ"という名前ですが、当然かの勇者ではありません」
「──そう。なら今は良い」
エクシアは小さく告げるとレナから視線を外す。そして、ミシェルの腕を掴む。
「──え、ちょっ。すまない、リセレンテシアの復興に協力するよう上層部には伝えておく。ではまた会お──」
そのまま上空へと飛んで行った。
よく分からないが、ひとまず助かった……らしい。
安堵したリアは膝をつき咽び泣く。
レナは泣き崩れた少女を優しく抱き寄せる。
そんな二人を包み込むように柔らかな風が吹く。
「レナ……想い人を救うために世界を書き換えてしまうなんてな……」
アウラは少し呆れたように、優しく微笑んだ。
「だが、もう二度とするな。ヒトの生死の書き換えなんぞ、ヒトの身に余る行為じゃ。今回は見逃して貰えただけだと思った方が良い」
「……すまない。アウラの信用を裏切るようなことをした。あの時、正直もうどうなったって良いと思ってた」
「もう良い。あの時レナの意識がリアを救うことではなく、メルゼシオンに対する憎しみに向いていたら今のわし達は存在しなかったじゃろうがな」
レナが世界を滅ぼしていたかもしれないと、そう言っているのだろうか。
「……私、やっぱり殺されていたんだね。記憶がおかしいからずっと不思議に思ってた」
「いいや、さっきも言ったが、リア殺されれては生き返ったわけではないぞ。殺された事実そのものが書き換えられたのじゃ。」
「そうなんだ……色々なことが沢山ありすぎて処理しきれないや……今は生きている。その事実だけで十分」
「その通りじゃな」
ふと辺りを見渡すと殆どの建物が倒壊している。
一体何人の生存者がいるのか予想もつかない。
「──リアッ!!」
後方から何度も聞いた声がした。
考える余裕すらなかったが今は違う。
その声を聞いただけで涙が溢れる。
「……ルミナ」
そして、その後ろにはアストルムのガーディアン全員が立っていた。リアは駆け足でルミナ達の胸に飛び込む。
レナはその光景を眺めていた。
心が暖かい。
込み上げた熱を僅かに冷ますように、涙は頬を伝う。
色々あったけれど、守れたものはあった。
リアは「レナもおいで」と、こちらを向き手招きする。
自然と足は前に進んだ。
レナが皆の元に辿り着くとアウレオは少し照れくさそうに、
「これでわしも恩義に報いることができたかの」
「もちろんだ。本当にありがとう」
隣に立つエリュシオンがアウレオの頭を撫でると、齢500を超える賢者は赤面して黙り込む。
その様子を見たルナは、我慢の限界と言わんばかりにレナ飛びつくように抱きつく。
「レナー。私もすごい頑張ったよ? いい子いい子してよー」
キリキリと歯を噛み締めるリアは、「まあまあ、ちょっとくらい許してあげなよ」と、リゼ達に静止される。
確かに。みんな元気に生き残れただけで大抵のことは許せるような気がする。
「こ、これで良いのか?」
レナはされるがままに頭を撫でるとルナは喉を鳴らす。頬を染めると息を荒げ強く身体を押し付けるように。
「んあぁぁー!! もう我慢出来ない!! どこか二人きりになれる場所へ……」
前言撤回だ。
やはり許せない。
「──こ、こらああああ!!!!」
我慢の限界に到達した猛獣リアは放たれる。
逃げ惑うルナを追いかけるリア。
それを笑いながら見守る仲間達。
──荒廃したフェルズガレア。
歪な世界に、絶望は満ちている。
そんな世界にもなんてことない些細な幸せがこんなにも溢れている。
私は幸せなことをノートに綴るように記憶に刻み込む。
大切な仲間のこと。
美しい世界のこと。
大好きな人のこと。
私はそれだけあれば戦える。
この世界で幸せに生きていける。
◆◆◆◆◆◆◆
そこは、リセレンテシア郊外西の土地エルドグラン、リグモレスに極めて近い狭間のとある拠点。
「ゼルグのお頭、リセレンテシアかなり悲惨なことになっているようですよ」
隆起した筋肉に数多の傷痕を刻んだ大柄の男は、樽に入った酒をごくごくと飲み干す。
「アストルディアには剣聖と"アルトリウス"がいるだろう。リセレンテシアの有象無象がくたばったところでなんの問題もねぇな。むしろ、強者だけを選別してくれた方が楽ってもんだぁ。」
飲み干しからになった樽を古びた机にドカンと叩きつける。
「仲良しこよしじゃねぇーんだよ。分かってるよなぁ? 俺達『グレスティア』の目的はただ一つ」
「──神を含めたアストルディアのクソ共を皆殺しにすることだ」
「待ってろよ"レナ・アステル"。必ず会いに行く」
血に染った双眼を血走らせたゼルグは不気味な笑みを零した。
クラリアスノート
第一部はこれにて完結となります。
お読み頂きありがとうございました。
第二部も準備中ですのでよろしくお願いします( ᴗ͈ ᴗ͈)”
詳しくは活動報告、Twitterにて報告致します。




