第五章 12 『告白』
夜更け頃、リアは目を覚ましてしまった。
周囲からは、すーっと三人の寝息が聞こえる。
アストルムは一人部屋であるため、こうして並んだ複数のベッドで寝る経験は久しぶりだ。
そして、どうにも寝つきが悪い。
いつもと環境が違うからだろうか。
いや、きっと違う。
アウレオ様から話を聞いた時から、胸の高鳴りが止まらない。
──なんかもう、とにかく落ち着かない。
私は顔を洗いついでにトイレに行った。
冷水で何度も顔を洗ったのに、顔が熱いし頭がぼーっとする。
「どうしちゃったんだろう……私」
中央の部屋で、夜な夜な薬品を混ぜ実験しているアウレオに気づきもせずに寝室の方へ歩いていく。かく言うアウレオも実験に集中しており、リアが通ったことに気づいてすらいないようだが。
私の寝室は右の扉。
レナの寝室は左の扉。
右の扉に手をかける私は停止する。
──本当にこのままで良いのかと。
いや、良いに決まっている。
私が他にとる選択なんて無いはずだ。きっと、アウレオ様にされた話が嬉しくて、気持ちが高揚しているだけだ。
──でも、なんで嬉しかったんだろう。
落ち着け。冷静になれ私。
深呼吸をするリアは右の扉にかけていた指先に力を込めようとする。
刹那、少女の囁きが蘇る。
『──レナは私が貰うから』
レナの身体からほのかに感じた、少女の匂い。
脳裏に焼きついた声と感情が指先に力を込めることを阻害した。
もし、ルナが本当にレナと結ばれているならば。
前回のような襲撃で私が死んでしまったら、レナが死んでしまったら。
そう考えるだけで私の鼓動は加速する。
気持ちが高揚していることが理由でも構わない。
望んだ結果が得られなくたって構わない。
それでも。
──せめて、私のこの想いだけは伝えたい。
私はゆっくりと深呼吸すると、左の扉を開けた。
大きな円形の窓はガラス越しに星空を映す。
洞窟内にも関わらず窓の外は星空で満たされていた。
月明かりは優しく寝ている少年を包むように。
月光に照らされた少年の顔立ちはいつになく美しく。
もっと近づきたい、そんな感情に突き動かされる。
私はマットの沈み込みで起こさないように、ゆっくりと近くに座るが、レナは意外にも起きない。
きっと私がレナが知らない人物であれば、扉を開けた時点で気づいていただろう。
たったそれだけで、私に心を許しているのかもしれないと思うのは傲慢だろうか。
こんなに近くで顔を見たのは初めてだ。
時間が経つ度、トクン、トクンと私の心臓は気持ちを押し出そうとしている。
レナの白い肌の内に赤味を宿した薄い唇に、自然と視線が吸い込まれるように。
──だめだよ……こんなこと。
何度頭の中で言い聞かせても、私の身体は止まってくれない。
私の吐息がレナの唇にかかる程接近した刹那、レナは目を開けた。
「……リア? なぜここに?」
レナは寝惚けた様子で尋ねる。
今も私とレナの顔は接近したままの状態を維持している。
いつもだったら恥ずかしくなり逃げ出すところだが、今の私にそんな感情は持ち合わせていない。
「ここにいたいから」
「そうか、でも、ちょっと近すぎないか……?」
「近くにいたいんだもん」
「何か、あったのか?」
「別にないけれど、どうしてもこうしたかったの。レナがいなくなっちゃったら、誰かに取られちゃったら。そう考えたら眠れなくなっちゃって」
「僕はいなくなったしないから安心してくれ。誰かに取られたりもしない」
「本当に?」
「誓う」
「じゃあ、私がしようとしてたこと、して欲しい。」
「それはどういう……」
少女の特徴的な瞳は、一切の濁りなく、美しくもレナの瞳に訴えかけるように。
「──私、レナのことが好き」
「……ちょっ」
レナは柄にもなく焦った様子で目を逸らす。
が、リアは目線を逃がすことさえ許さない。
「レナのことが大好きなの」
僕は何かを聞き返そうと思った。
けれど、真剣な少女を前にここまで言わせておいて、その真意を問う程恥知らずでありたくは無い。
答えは行動で示す。
その手筈はリアがしてくれたのだから。
リアに会った時から感じた特別な感情。
きっと僕が目覚めたのもリアと言う少女が目の前にいたからだろう。
この感情がリアが求めているものでは無いかもしれないけれど、その気持ちに答えたいと思った。
僕はリアの唇に優しく口付けする。
その距離は、彼女が歩み寄ってきた気持ちの分だけ短かった。
「……ん」
しばらく経った後、僕は離れようとするがリアは逃がさないと言わんばかりに強く唇を押し付ける。
体勢上、レナがこれ以上リアから離れることは不可能であるため、リアが離れたいと思うまではこの状態を維持する他なかった。
実際に長い時間そうしていたのか、そう感じただけなのか、ついにリアの唇はゆっくりと距離をとる。
「レナ、ありがと……すごく嬉しかったよ……」
「なら良かった。リアの気持ちに答えたいと思ったけれど、これで答えになっただろうか」
「うん。それと……一つだけ聞きたいことがあるんだけれど、良いかな?」
「どうした?」
「その……今のって、レナからしたのは初めて、なのかな……?」
「少なくとも、僕が目覚めて以来は記憶に無いな。目覚める前の記憶はそもそも無いから分からないが」
「そっか。ちなみにルナとは何も無かった?」
背筋がヒヤリとした。
なぜ知っているのだろう。
他意はないが、悪いことを隠しているような気分に見舞われた。
「ない、ないない。ルナが来た日の夜、確かにルナは僕の部屋に来た。そういうこと要求してきたのは事実だけれど、何も無い」
レナは焦りながら弁解しようとする。
「本当かなぁ。……じゃあさ、もし、私がそういうこと要求したらレナはどうするの?」
「…………!!」
レナの白い肌は赤く染まっていた。
「ど う す る の?」
「……嫌ではない、が……今日はもう勘弁してくれ……」
リアは満面の笑みで「ん。なら良いかなっ。おやすみレナっ」と答えるとルンルンで部屋を出て行く
普段は動じもせず、どんな脅威を前にしても平然としている少年は布団を被り小さく唸っていた。
その少年は止まらない胸の高鳴りのせいで、朝まで一睡もできなかった。




