第五章 11 『恥じらい。』
アウレオは席へ戻るとティーカップを口元に運ぶが、中身が入っていないことに気づき、はっとする。
永らく忘れていた感情の激しい浮き沈みにより少し気が動転しているのだろうか。
それを見たアステリアは透かさずミルクティーを注ぐ。
中身を知らなければ、美人な気の利くメイドのようだ。
「では、精霊樹までどのようにして行くか話し合おうかの」
「以前はアルテミシアに連れて行って貰ったが、僕らだけでは日中彷徨うと言っていたな。アウラがいればなんの問題もなく辿り着けると思うが」
「そうじゃな。わしがいる限り迷うことはなかろう」
「今ここにいる全員で精霊樹の麓まで行くということで良いかの?」
アウレオに従者の二人を置いて行くという発想は端からないらしい。例え置いていくと言ってもおそらく二人はついてくるだろう。
従者二人の気持ちを当たり前に理解して行動しているのだ。
「アウレオは大丈夫なのか? 本人が外出してることが知れたら危険じゃないのか?」
賢者が拠点の場所を厳重に隠している理由はアステリアから聞いていた。
「確かに、この拠点はわしの研究成果や独自で回収したレリックが多く存在している故、場所が割れたら狙う者もいるだろう。たが、わし自身にそれ程の価値はない。例え殺して解体したところで得るものはないじゃろう」
そもそもアウレオが戦闘を得意としているかさえ不明である。
それにアステリアくとハルモニアがいれば、アルトセラス程度の旅路は問題ないだろう。
「分かった、それで行こう。いつ出発する?」
「そうじゃな……アルトセラスの小規模な遺跡に昔設置した転移門があったような……それを使うとしよう」
「転移門だって? まさかその場所へ転移可能なのか?」
クロスティア学院で聞いたことがある。
誰もが一度は考えたことがある。
あったら間違いなく便利だが、未だにその存在を確認できていない異能、──それが転移だ。
「そうだとも。だが、これに関してはわしが作ったというより、偶然作れてしまった、直せてしまった、という表現が正しい。とあるレリックの残骸を理論的に修復したら上手く起動できたんじゃ。しかし、転送地点はレリックが存在するエリアに限定されており、転送門からこちらに戻って来ることは出来ぬ」
レリックとは現在では解明不能な過去の遺物でもある。その残骸を理論的に修復……?
正直意味がわからないが考えても無駄だろう。
片道切符であっても移動時間を短縮できるのはありがたい。
それでも一つ聞いておかなければならないことがある。
「一応聞くが、危険は無いんだよな?」
それなりに遠いが、エリュカティアまでは一度行ったことがある。
もし、危険であれば通常の移動方法を選択したいところだ。
「大丈夫じゃ。原理的に危険なものでは無い」
「そうか。では行きは転送門を利用させてもらうことにしよう」
「転送門を使うことだし、拠点の場所を悟られることもあるまい。出発は明日にしよう。この拠点には生活に必要な設備は色々揃っている。身体を休ませると良い」
レナとアウレオを中心にした話し合いが終わると、一時解散することになった。
拠点は想像よりも広く、風呂まで完備されていた。
簡単な料理と風呂を堪能したレナ達が次にすることと言えば睡眠だ。
寝室はアステリア達の部屋と客人用の部屋が一つあるらしい。
リアとルミナは、アステリア達の部屋に二つベッドが余っているらしいので、そちらを利用することになった。
レナは客室用の寝室の利用を勧められた為、一足早くその寝室へと足を運んでいた。
かなり大きなサイズのベットが一つ。部屋もそれなりに広い。
アウレオは睡眠を一切とらないらしいが、この未使用の綺麗なベッドは客人用と言うよりおそらくアウレオの物だろう。
少し申し訳ないような気もするが、綺麗とは言えここは洞窟だ。
地面に寝るのは硬さ的に少しきついので利用させてもらうことにした。
ルミナの長風呂に付き合わされたリアは少し遅れて寝室へ向かう。
寝室へ向かう途中でアウレオを見かけたリアは「少し聞きたいことがあるから、先に行ってて」とルミナに伝えると、アウレオのいる場所へと足を運んだ。
「おお、リアか。どうした?」
アウレオは少し意外そうな表情で尋ねる。
量産型クラリアスのリアに対して、一番話しづらい話は既にしているからである。
一体自分に何を聞きたいのか予測出来なかった。
「あの……すごく変なとこ聞いても良いですか?」
「……変なこと? 構わんぞ」
ますます予測がつかない。
その先の質問を早く知りたくなったアウレオは真剣な表情でリアを観察していた。
「クラリアスを生み出したのはアウレオ様ですよね? だから、分かるかと思って聞こうと思ったんですが……」
リアの頬と耳は赤くなっていた。
ルミナに聞いた時は全く恥ずかしく無かったのに、何故今はこんなにも恥ずかしいのか。
ただの興味本意だ、おかしなことでは無い。
リアは覚悟を決めると紅潮を振り払って質問する。
「……クラリアスとヒトの間に子供はできるのでしょうか……?」
言ってしまった。
額まで昇る熱は自然とリアを俯かせた。
驚かれでもすると思ったが、アウレオの反応は思ったよりも自然だった。
アウレオは自らの娘を見るように優しく微笑むと、
「そうか、想い人がおるのじゃな。子孫を残したい、という本能は至極真っ当な事じゃ。このような世界なら尚更その感情は強くなるじゃろう」
『想い人がいるなんて言ってない!!』
『子孫を残したいなんて言ってない!!!!』
リアは心の中で叫ぶ。
けれど、アウレオの次に続く言葉を聞きたかった。
「ヒトとクラリアスの間に子供を作ることは可能じゃ。あくまで理論的な回答にはなるが、なんの問題もないじゃろう。ヒトがヒトの子を産むように。エルフとヒトの間にハーフエルフの子が産まれるように。同じ過程で子供はできる」
その言葉を聞いた時、今までの恥ずかしさよりも嬉しさが勝っていた。
「……そう、なんだ……」
もうクラリアスという存在に囚われている過去の私ではない。
ヒトの心なんて持ってなくても今は構わないとさえ思っている。
ヒトと同じようにヒトを愛して、同じように結ばれて、新しい命を宿す事ができると知った。
──その事実が、嬉しかった。
リアは笑顔で感謝の言葉を伝えると寝室の方へ歩いて行った。




