第五章 10 『恩義』
「アウレオがエリュカティアにて出会ったと言う少女はおそらく『エリュシオン』じゃ」
レナ達はその名を聞いた事があった。
以前、エリュカティアで暗黒の片翼レムゾルディアの襲撃があった時にイリスが言っていた名だ。
昔にも襲撃があったらしく、その時レムゾルディアを撃退したのがエリュシオンだと言っていた。
そして、アウラが『わしより高位の存在ならこの地にもいるだろう』と言っていた存在がエリュシオンという事だろう。
「エリュシオン……聞いた事無い名じゃ……家名はご存知ですか?」
「家名か……わしも聞いたことないのう。何度か会ったことがあるが、家名は語っていなかった。ただ……」
アウラは複雑な表情で言い淀むと、
「──グィネヴィア、そう名乗ったこともあった。」
「グィネヴィア……それが神の名だとでも言うのか……」
「どうじゃろうな。わしもそれが神の名なのかは知らん」
その話を聞いてレナは思い出した。
リアが覚醒した時にアウラが言っていたことを。
「アウラ、リアが覚醒した時に『名前は語られぬ七神』、『七つの神器』、『聖槍アスカロン』と言っていたよな。 それとは関係無いのか?」
「良く覚えとるなレナ、それは神と言うよりは『神器』についての記述じゃな。アストルディアの記録書によると、七神と呼ばれる神々が存在するとされており、七神が選ばれし神徒にのみ下賜する恩恵が『神器』と言われておる。その神器のうち一つの記述に、聖槍アスカロンについて書かれたものがあったのじゃ。しかし、神徒とは"魔法"を行使する者を指しておる。リアはそれに該当しない故、不思議に思っておった。ただ、あの力は紛れもなく"アスカロン"について語られる内容に一致していた。そして、七神の名についてじゃが、わしの知っている限りでは、一切語られる記述は見当たらなかった」
「......やはり、一度エリュシオンに会う必要がありそうじゃな......大精霊様、エリュシオンが何処にいるかはご存知ですか?」
「もちろん知っておる。現在、エリュシオンは精霊樹の内に囚われておる」
「囚われている......? それは一体どう言う意味なのですか?」
「文字通りじゃよ。エリュシオンは精霊樹を囲う不可視の結界の檻に囚われているのじゃ。誰がその結界を張ったのかは分からぬ。だが、その結界を壊せる者はわしの知る限り存在しなかった」
「壊すことができない結界なんて存在するのか?」
「無論存在しない。だが、問題は結界の存在が精霊樹に紐づいてると言うことじゃ。結界を破壊しようとすれば、精霊樹も破壊してしまうことになる。故に破壊できない」
「大精霊様、結界を壊せる者は存在"しなかった"と言いましたね、と言うこと今は違うと?」
「......目敏いやつめ、まあ、何となく分かるじゃろ。その者とは今ここにいる。──レナじゃ」
レナは「僕が?」と意表を突かれた表情をする。
壊すことには自信があるが、今回は存在として精霊樹に紐づいた結界のみを破壊しなければならないと言う。とてもじゃないができる気がしなかった。
「レナが結界を壊す方法は二つある。だが、その内一つは教えるつもりは無い。方法がそれしか無ければ、わしは今回口を挟むことはなかったじゃろうな。もう一つの方法とは、レナが今所有している"魔剣オルナ"を使うことじゃ」
「アステリアから聞いた話じゃな……本当にレナは魔剣を使うことができる気ということか。だが、いくら魔剣と言えど......」
「その魔剣は、"存在そのもの"を切断することができる。リアとルミナ、そしてアステリアは見たじゃろう。ルクセラートが出現したあの洞窟で、レナが棺の中にある結晶のみを切断した様を」
にわかにも信じ難いという様子で、アウレオはアステリアの表情を窺う。
すると、アステリアはコクりと頷いた。
「そうか......レナよ、できると思うか?」
「どうだろう......だが、棺の中の結晶を切ったあの時は明確にできると思った。」
──ガタンッ、音がした。
立ち上がったアウレオは、レナの近くまで歩いてくる。
そして、膝をついたのだ。
「レナよ......頼む......わしに力を、貸して貰えないだろうか。」
五百年を優に超える時間を生きた賢者は地に額をつけていたのだ。
その様子を見たレナ達は当然、アウラもレナの肩から肘をどけ目を見開いていた。
アステリアとハルモニアは、驚くと同時に、素早くアウレオの後につくと、同じように地に額をつけていた。
やめてくれ、僕はそんなことされなくても協力できることはするつもりだ、そう答えようと思った。
けれど、それではアウレオ達の誠意に対してあまりにも不誠実だ。
僕は剣身に優しく触れ、オルナに問う。
──できると思うか?
回答は、指先を経由して僕の心に伝わってくる。
そして、レナは立ち上がる。
「大丈夫だ、僕とオルナで必ずエリュシオンを解放して見せよう」
「......ありがとう。本当にありがとう。この恩義は決して忘れない」
アウレオは真剣な眼差しでそう返すと、元の場所に戻って行った。
その姿に、もはや儚く崩れそうな面影は残っていなかった。




