第五章 6 『賢者の拠点』
黄昏時、意外な客人は突如アストルムを訪れた。
──コンコン、と玄関の扉は叩かれる。
「誰だろう……?」
一番近い位置にいたリアは怪訝な表情をする。
アストルムへの来客自体が稀なのだ。
ネイトからは何も聞いていないし、現在アストルムのガーディアンは全員が建物の中にいる。
曇りガラスから見える人影は、リア達とさほどさ大差ない背丈を示している。
そして、まだかと言わんばかりに──コンコン、と強く叩かれる。
リアは息を呑むと、ゆっくりと進んでいく。
そして、カチャリと扉を開ける。
「こ、こんばん──……アステリア?!」
金髪のツインテールに黄金の瞳をした少女は少し不服そうに腕を組んでいた。
見間違うはずがないアステリアだ。
「ど、どうしたの?」
「──遅い。主の命でここに来た。いきなりで悪いけれど、レナとリア、それと、──ルミナを主の所まで連れて行くことになった」
「えっ、主の所って、アウレオ様の所?」
「それ以外無いでしょ。場所は僕が案内するから」
「本当に随分といきなりだね……アウレオ様の依頼なら問題なく許可は下りるだろうけれど、管理人のネイトさんに話してくるね」
アステリアは「……ん」と小さく首を縦に振ると、リアは駆け足で戻っていく。
戻りついでに、遠くから形容し難い表情でこちらの様子を見ていたルミナの肩をポンと叩くと、リアは耳元でヒソヒソと何かを伝えているようだ。
ルミナはバツの悪そうな表情でアステリアの方へゆっくりと歩いてくる。
自分から目の前に立った割に、アステリアから視線を外すように目が泳いでいた。
「……あの……さ、この前は……その……ありがとう」
俯き頬を染めて想いを伝える姿は、想い人への告白のようにも見えた。
「良いよ別に。見るに堪えなかったからしただけだし」
「うん、それでもありがとう」
アステリアは少し目を細めると「……ん」と小さく答える。
髪から僅かに見える耳は赤みを帯びていた。
二人の距離感を静寂が満たす。
言葉はなくとも、相手の気持ちが手に取るように伝わってくる。
お互いのことを認め合えた気がする。
けれど、少しむず痒い感じがした。
そして、静寂を破るように、レナを連れたリアはこちらに歩いてくる。
「アステリア、ネイトさんに話してきたよ。少し驚いていたけれど、大丈夫だって」
「じゃ、ついてきて」
三人は肯定し、アステリアの後をついて行く。
◇◇◇◇◇◇◇
リア達がしばらく歩いていると、本格的に日が落ちてくる。
そこはリセレンテシアの裏路地、幸いにも魔獣が出るような危険な場所は通らないらしい。
だが、別の何かは出てきそうな感覚がする。
リアは不安そうに「だ……だいぶ暗いね」と零す。
裏路地に──パチッパチッと点滅する壊れかけた街灯。
リアはこの手の"出そう"な雰囲気が苦手なのだ。無論、出そう、とは幽霊の類だ。
レナは言うまでも無いがルミナも平然としている。
「暗い方が好都合なんだ。僕らの拠点は入口が無数にあり、その中の一つのみ、主が許可すると通れるようになるんだ。でも入口の場所そのものは変えられない。見つかってしまったらその入口は永久に閉ざす。だから、人通りが少なく視界の悪い夜の方が良い」
「それより、こんな場所に本当に入口があるのか?」
レナが気にするのも一理ある。
今、レナ達がいる場所は裏路地とは言えど、かなりクロスティア学院に近い位置である。
「探し物は足元の下ってね。割とよくある話だよ」
「アウレオは、どうしてここまで厳重に拠点を隠しているんだ?」
「それは僕にも全ては分からない。ただ、アウレオ様の所持している知識は人によっては手が出る程欲しいものでもあるし、よく思わない人達がいるのは事実。拠点が割れれば間違いなく襲撃に来る輩はいるだろうね。……と、ここだ」
さらに入り組んだ路地を進み、一面壁の正面でアステリアは立ち止まると、
「──パル・ラピス」
詠唱すると、壁だった場所は──パッと透過し、その先には地下へと繋がる下り階段が見える。
レナ達全員が壁の内に入ったことを確認すると、再び先程の魔術で壁を出現させる。地属性魔術の応用だろう。
その下り階段は数百を超える長さだ。もし、同じ道を帰るのだとしたら、帰りのことは考えたくない。
階段を下り終えると、直進の通路を進んでいく。決して清潔とは言わないが、自然界の洞窟に比べれば整備されていた形跡もあり、安心感はある。
そして、行き止まり。
「着いたよ。ここが入口」
「入口って、何も無いけれど……」
ルミナは驚く程フラットに立ち塞がる壁にため息をもらす。
「さっきも言ったけれど、アウレオ様が開けてくれない限り入れない」
「で、そのアウレオ様はアステリアが来たことをどうやって知るの?」
「…………」
アステリアは沈黙する。
「ちょ、嘘でしょ。 冗談で言っただけなんだけれど。いつもはどうしてるのさ」
「…………忘れた……」
「え?」
「僕は特によく出入りするから、アウレオ様に来たことを知らせる鍵を持っているんだ。無論、僕の鍵は僕以外の者が触れると壊れるようにできている。いや、そんなことはどうでも良いんだよ……あああぁ、もー、忘れた……どうしよう……」
アステリアからは、素の姿が滲み出る。
普段はクールながらも、非常時に紅潮してあわあわと慌てる様子は、どこかルミナに似ているようにも見えた。
「アウレオ様は、私達のことを探知できる……遅いと思ったらきっと入口を開けてくれる。うん。きっと大丈夫だ……」
祈るアステリアと扉が開かれるのをまだかまだかと待ちわびるルミナ達。
そして数時間が経過した頃。
ちょうどルミナが「いきなり連れてこられて、トイレも行かずに来たのにどれだけ待たせるのさ!!」と、キレ気味に文句を言い出した刹那のこと。
──ホォワァン。
──シャリシャリシャリッ。
正面の壁は大きな円と複雑な紋章を浮かび上がらせると、音を立てる壁は複雑に細分化され、新たな道を作るように姿を変えた。




