第五章 5 『想い付き従う』
とあることが原因で早く目覚めてしまったレナは朝涼の中、井戸水で顔を洗っていた。
とあることとは、もちろんルナのことである。
いくらレナとて、初対面であのような事になるとは思いもしなかった。今日会った時にどう対応すべきか悩むところだ。
幸いにもルナは話が通じるようなので問題は起こらない……はずだ。
レナは濡れた手のひらでピシャピシャと頬を叩くと建物に戻っていく。
レナが戻ってきた頃のこと。
リゼは今日も張り切って朝食の準備をしていた。
実の所、リゼには本当に感謝している。
僕がここまで生活水準の高い暮らしをできるのは、八割方リゼのおかげと言っても良い。
「リゼ、いつも絶品な料理を作ってくれてありがとう」
リゼは「へっ?」っとレナの方を振り返ると、──カランッと菜箸を落下させる。
あまりにもレナの表情が真剣だったからである。
「なっ、えっ。あっ、ありがと」
頬を染めたリゼは「な、何やってんだ私ったら、もう!!」と、菜箸を拾う。
「とても嬉しいんだけれど、レナは、その、もう少し言い方とか立ち振る舞いとか、考えた方が良いと思う。か、勘違いされちゃうよ」
レナは「勘違い?」と首を傾げるが、リゼはあわあわと手先がおぼつかない様子で「も、もうできるから席に着いてて!!」と押し返されてしまう。
レナが席に着くと、朝食としては豪華な料理が次々へと運ばれてくる。
焼き魚に白米、野菜スープに卵焼き、焼きたてのパンにコーンスープ、色とりどりサラダにパンケーキ、ヨーグルトに果物。一人で作っているとは到底思えない種類と分量である。
カチャリと後ろの扉が開かれると最初に入って来たのはリアだったを
「ふわぁー……って、あっ……レナっ、今日は早いね。お、おはよう」
あくびをしながら入って来たリアは面食らうと後ろを向き、髪を指で繰り返し梳くと、若干挙動不審で再び席の方へ歩き出す。
レナの横を通り過ぎる刹那のこと。
一定のリズムを刻んでいた足音はピタリと止まる。
立ち止まったリアは「……ぇ」と微かに声をもらした。
レナは心配に思い「どうした?」と声をかけるが、「……ううん、なんでもないの」と微笑むと席まで進み着席する。
──この朝私は初めて大好きなリゼの料理を残してしまった。
絶対に残したくなかったのに、喉を通らなかった。
レナの匂いに微かに混じった少女の匂いが、頭から離れなかった。
◆◆◆◆◆◆◆
広い洞窟の中、内装はかなり先鋭的であり、見慣れない物体が多く存在していた。
「アステリア、思い詰めたような顔をしてどうしたんじゃ? まだあの少女のことが気になっておるのか?」
長老のような口調で話すその正体は、銀髪に銀色の瞳をした少年のような、少女のような、"中性的"では説明がつかないほど曖昧な顔立ちをしていた。否、存在すらもが曖昧であるように。
「アウレオ様!! ルミナは関係ないよ!!」
アステリアはぷいっとそっぽを向くと腕を組む。
「ルミナちゃんだっけ? アステリアが他人の話をするなんてびっくりしたよ。しかも量産型クラリアスの少女だって言うんだから尚更。ティシュトリア、上手くやっているみたいだね」
耳を奪われる程に透き通った声の持ち主は嬉しそうに話す。
明るいオレンジ色のロングヘアーは綺麗に三つに編まれており、オレンジ色の輝きを宿すトパーズのような瞳は特殊な刻印が刻まれていた。
「う、うるさいな!! ハルモニアは黙っててよ!!」
図星を突かれるアステリアは頬を染めるとぐわっと口を開く。
リア達といた時の姿とはまるで別人のようだった。
「アウレオ様、護衛対象のリアの方なんだけれど、どうするの? あの力、明らかにヒトの身を超えていたよ。本人もどうしてそうなったのかは理解できていないようだったけれど。そもそもレナはどうなっているんだよ。特に変わった様子もなく当たり前にあの強さだったんだけれど、どんな生物だよあれは……」
「そうじゃなぁ……レナは一度はこの目で確認したいのう。リアは、一時変質したという話じゃったが、わしがあの時みた存在は……」
アウレオは考え耽ける。
かつて自分が見た存在は自分の価値観、生き方、目的、その全てを変化させた存在。
もし、その存在をもう一度目にすることが出来たのなら、数百年もの間、停滞を続ける今の自分を変えることが出来るかもしれない。
「……そろそろ、わしも前に進むべきかもしれんな……」
綺麗な銀色の瞳は、決意にも似た光を宿していた。
その様子を静かに見ていたアステリアとハルモニアは胸を撫で下ろすように、ほっとした表情をする。
──願わくば、途方もない時間主を苦しめた呪縛を解放することができるのなら。
私達は全てを捨てても、どこまでもあなたに付き従う。
「……アステリアよ、レナとリアをのこの場に連れてきてくれ」
「──承知しました」
一切の異論なく、真剣に承諾した。
アウレオはそんなアステリアをからかうように、
「……そうじゃな、アステリアが興味を持ったルミナというクラリアス少女、わしも興味あるからついでに連れてきてくれ」
「なっ……!! アウレオ様ー!!!!」
一気に表情を崩したアステリアに優しく微笑む主。
その二人を幸せそうに見守るハルモニア。
広い洞窟内は心地よい暖かな雰囲気に包まれていた。




