第五章 4 『勝気』
「次はルナの番だな。今度は私が……」
「待って下さい」
アルテミシアは手合わせの相手をしようとするが、今度はリアによって阻止される。
「ど、どうした?」
「私にやらせて下さい」
リアは真顔でそんなことを言い始める。
ルナは少し嬉しそうに笑みを零すが、それを見たリアは虫の居所が悪そうな表情をしていた。
「私は構わないよっ。でも、リア一人じゃ相手にならないから、そこのリゼも加えた一対二にしようか。もちろん、私が一人の方ね」
その発言を煽りと捉えたリアはムッとした表情でルナを睨む。
リアが直接的な感情を見せるのは珍しい。ルナが自己紹介の時にレナに対してとった行動が余程癪に触ったのだろうか。
ルナがなぜルミナではなくリゼを選んだことにも何かしらの意図がありそうだ。
「リアとリゼはそれで良いかな?」
アルテミシアが確認すると、二人は了承し既に待機していたルナの前へ歩いていく。
ルナが手練だとしても、同じファースト階級を二人相手にするのは厳しいだろう。そう言えば、三人相手しても涼しい顔をしていたレナも、その頃はファースト階級だった。何事も常識の通用しない相手は存在するものだ。
「では、開始!!」
「──エインセル、行くよ」
先行して動いたのはルナだった。
赤紫の閃光に一瞬と包まれると、ルナの姿が二重にブレるような感覚に苛まれる。
リゼは目を擦るが決して視界がぼやけているわけではないようだ。
「「なにしてるのかな? 早くかかってきなよ」」
声すらも二重になっていく。
──ルナは二人になっていた。
折り畳み式の棒を展開すると、魔力を注ぎ大鎌の刃を生成する。
二人のルナは挑発するように大鎌をリア達の方へ向けていた。
「──テラ・デネブレア!!」
リゼは即座に詠唱する。
二人のルナを取り囲むように半球状の強力な重力場が発生する。二人のルナが二手に分かれる前に勝負をかける作戦だ。
強力と言っても、基本魔術の強度では動きを封じる程度の効果である。
リアは追加で雷属性の魔術を詠唱しようとするが、
「カッチーン、頭にきた。魔獣相手じゃないんだからさー」
「「──ギラ・ルクセア」」
詠唱と共に煌びやかな光の一閃が頭上に放たれる。
──パリンッ、という音と共にリゼの生成した重力場は粉砕される。
「属性相性ってやつだよ。反対属性の魔術を衝突させればより強度の高い方が魔術を破壊する」
ルナは大鎌を構えると走り出す。
一人はリアの方へ、もう一人はリゼの方へ。
「悪いねっ、リゼちゃん」
見るからに近接戦闘を得意とするルナとリゼでは正直勝負にならないだろう。
「──リゼ!!」
リアはラクリマを顕現しリゼを助けようとするが、
「リアちゃんの相手はこっちの私」
躊躇なく振り下ろされた大鎌は振り下ろされる。
ラクリマと魔力の大鎌は──シャリンッ、と音を響かせ衝突する。
「じゃ、リゼちゃんは降参しよっか」
ルナは優越感に満ちた表情で大鎌を向ける。
悔しかった。
大切な仲間を守れなくて。
憧れの人を泣かせて。
──けれど、だかこそ、もう下は向かないと決めたんだ。
影から見守るだけじゃだめなんだ。
これからは私も前に出て戦う。
「──セト・レイナス」
リゼが詠唱したのは基本魔術のどれにも当たらなかった。
煌びやかな光を放つと拡散した光子はリゼの両手に収束する。
光子が収束を終えた頃、リゼの両手には光のガントレットが生成されていた。
「おー、異能使えたんだ」
ルナは感心したようにリゼを眺めていた。
もっとも、一番驚いているのはアルテミシア達である。
ルナは「──じゃあ行くよ」と声をかけると大鎌を振るう。
一手、──シャキンッ、リゼは右腕で大鎌を受け止める。
二手、三手、素早く繰り出されるルナの攻撃を何とか凌ぎきるリゼだが、
「その異能、成功したの今初めてでしょ? 残念だけれどその完成度じゃ無理かな」
真上に飛び上がったルナは真上から切りかかる。
リゼが両手で受けようと構えるが、ルナは空中で一回転するとそのままリゼの背中目掛けて大鎌を振るう。
切られたと思ったが、リゼ後方から強い打撃を受け吹き飛ぶ。
「──リゼ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと刃は切れないように調整したから。それより、自分の心配した方が良いんじゃない?」
リアの背後にはもう一人のルナが既に迫っていた。
気づいた時には既に遅い。
前と後方、二本の大鎌はリアの首筋を捉えていた。
「はい、終了。さ、降参しよっか」
リアは静かに手を上げる。
そして、二人のルナはリアの両耳に唇を近づけると、
「「──レナは私が貰うから」」
ニヤリと囁くと片方のルナは消失し、もう一人のルナはアルテミシア達の元へ帰っていった。
感情を剥き出しにしたかった。
でも、出来なかった。
レナに対するルナの態度が気に食わなくて勝負を挑んだのは私だ。
勝負に勝って言葉を吐いたルナと私、やってる事に差はない。
──でも、悔しかった。
アルテミシア達がアストル厶へ戻る中、泣いていることに気づかれないように遅れて後をついて行った。
◇◇◇◇◇◇◇
皆が寝静まる頃レナはぼーっと天井を見ていた。
ヨシュアの表情が脳裏に残っていた。
失望感にも似た何かを感じたのだ。
過去になにかあったのだろうか。
でも、お互いに剣を愛する者同士仲良くやっていける、そんな気持ちもあった。
束の間、──カチャリと部屋の扉が開かれる。
紫紺の髪とアメジストのような瞳をした少女は部屋着姿で現れた。
肩までおりる髪は、少し乾ききっていないようにも見えた。
「こんばんは、レナっ」
「ルナ……どうしたんだ? こんな時間に」
「こんな時間にどうしたって、そんなの言う必要ある?」
疑問を疑問で返すルナ。
答えるつもりは無いようだ。と言うより、既にレナのベッドの上にいた。
一人用の古いベッドは二人の体重がかかることで、ぎしぎしと音を立てる。
「……ルナ、なんのつもりだ」
四つん這いでレナの上に跨るように進んでくる。
肌は触れなくとも、石鹸の香りと共に暖かい湿度がレナの顔を包んだ。
「ねぇ……だめ……? かな……」
昼間までのハキハキとした声は面影もなく、小さく甘い声は吐息と共にレナに優しく触れた。
「ちょっと待ってくれ、僕は今日ルナと会ったばかりだぞ? ルナは初めて会った人にいきなり迫られて何とも思わないのか?」
「し、失礼なっ、私だって誰かれ構わずこんなことしないよ。強い人に惹かれるのは当然のことでしょ? レナは絶対に逃がしちゃダメだって、私の本能が言ってるんだよ」
「それでも、もう少し我慢とか、お互いのこと知ってとか、色々あると思うが……」
「なんで我慢しなきゃならないの? こんな廃れた世界で、私達ができることなんて戦って死ぬか、寝て食べて……あとは、こういうことするくらいしかないでしょ?」
何も言い返せなかった。
自分の全てをかけて仲間を守る為だけに生きることを目的としているレナよりも、ルナの方が余程ヒトらしい生き方だからだ。
おかしいのは多分僕の方なんだろう。そう、思ってしまった。
「確かにルナの言うことは正しいな……」
その言葉を聞いたルナはパッと表情を明るくすると、自らの部屋着のボタンに指をかける。
「でも、今はやめてくれ。ルナも移動して来たばかりで、変な目で見られたく無いだろう」
「うーん……だめかぁ……じゃあまた今度ね、無理やりするほど私もイカれて無いよ。おやすみ、レナ」
ルナは落胆するが、意外にもあっさり自室へ帰っていった。




