第五章 1 『憧れの先に』
治療を終えたレナ達はアストルムにいた。
リグモレス第一領域で魔剣オルナを回収することに成功した。
依頼は達成され、レリックである魔剣はクロスティア学院の方で引き取る流れになるはずだったが、一つ問題があった。
「レナが魔剣を服従させた? それは本気で言ってるのかしら」
ネイトは長いため息を吐くと、訝しげな表情でいつもの椅子へポスンと座る。
「服従という言い方はやめてくれ。オルナと僕は対等だ」
「とにかく、そのことも学院に伝えるけれど、レリックは一旦学院に預ける決まりだから」
ネイトが強く言うと、レナは珍しくも嫌そうな表情でオルナを抱えていた。
「レリックってさ、学院に預けたとしてその後はどうなるの?」
ルミナは素朴な疑問を投げかける。
たしかに、聞く限り様々なレリックがあることは知っているが、魔剣オルナは明らかに戦闘向きのレリックである。
戦闘向きのレリックの用途は戦闘に利用するほかないだろう。
であれば、レリックは学院に預けられた後、誰かに譲渡されるのではないだろうかと思ったからである。
「戦闘向きレリックは認められたガーディアンに譲渡されることはあるわ。ただ、魔剣は今までに扱えた者がいないから、譲渡されたという話は聞いたことがない」
「と、言うことはレナに譲渡されることが確定と見て良いのかな?」
そのアルテミシアの問いを隣で聞いていたレナの表情はパッと明るくなる。
「またアルテミシアは勝手なことを……」
「とは言っても、問題はそこでは無いんだよなぁ」
ネイトは「どういうこと?」と食いついた。
「私にも良くわからないんだが……ほらレナ、見せてあげな」
アルテミシアが言うとレナは名残惜しいそうにオルナを差し出す。
ネイトはオルナの持ち手に手を触れる。
そして、レナが手を離した時のことである。
「──なっ?!」
──ゴドンッ、オルナはネイトに握られたまま落下する。
ネイトは非戦闘員である。だが、オルナは細身の剣だ。いくらネイトが非力だとしてもこうはなるまい。
「ちょっ、どうなってるのこれっ」
ネイトは珍しくも慌ただしい。「ふんっ!!」と両手で持ち上げようとするが微動だにしない。
「これ……普通に持ってるって、そんな細身でレナはどこまで規格外なの……」
「オルナは重くないぞ。むしろ普通の剣よりも遥かに軽い」
ネイトは、──はぁ? と理解できない呆れ顔でレナを見る。
「そう、これが問題なんだ。魔剣オルナはレナにご執心のようだ。他の誰もオルナを持っていくことは出来ない」
「そういうことだったのね……どうしましょう……」
「レナがオルナを持っていちゃダメなの? ガーディアンの戦力が上がればそれは学院にとってもメリットがあるはずだよね」
ルミナは穿ったように困っているネイトに言葉を投げかける。
「ことはそう単純じゃ無いのよ……」
ネイトはネイトで色々苦労があるのだろう。
しばらく考え込んでいると、ネイトの部屋の通信機が──ピピッ、ピピッ、と音を鳴らし、ネイトはすぐに手に取った。
「──はい……え? なんでそれを……? …………はい?! ……そういうことなら……分かりました……配慮ありがとうございます」
通信を終えると、優しく通信機を所定の位置に戻す。
ネイトの表情は相当疲れ切っていた。
「えっとね、私も正直ついていけないのだけれど、魔剣オルナはレナに譲渡するそうよ。学院長命令だから、誰も言い返せない。そこで、アルテミシアは知ってると思うけれど、クロスティア学院において武装としてレリックを所持する者は『レリックホルダー』と言われるの。まあ名前はどうでも良いんだけれど、レリックホルダーになる事の一つの条件が、アイズ階級以上になる事。つまり、レナは例外的にアイズ階級へ引き上げになったわ」
呆れるネイトをよそに、アルテミシア達は驚きもしていなかった。かなりの期間過酷な戦場で共闘した身からすると、レナがアイズ階級でもセラフィス階級でも当然だとしか思えないからである。
「そういうことで、今回の話は終わりよ」
ネイトは 「……本当に無事でよかったわ」と一言付け加えると、──シッシッ、とジェスチャーで追い払うようにレナ達を部屋から出ていくように促す。
色々とレナ達のことを考え、組んだ予定を次々と崩されているのだ。それは、精神的疲労も溜まる。
幸いにもそれが悪い方向でないことが唯一の救いであった。
アルテミシア達はアストルムにて、久しぶりの休息日となっていた。
「よーし、今日は久しぶりに全員の大好きな料理全部作ってあげる!!」
リゼは袖をまくると、一段と元気に呼びかける。
私の事を見てくれる大切な人がいる。
私の事を命懸けで救ってくれる大切な人がいる。
だからもう卑屈にならない。
私は私ができることを大切な仲間のために、この世界のために全力でやっていこうと決めたんだ。
憧れの姿を追っていた少女の面影はどこにもなかった。
ただそこにいるのは一人の"リゼ"と言うファーストのガーディアンだった。




