第四章 18 『想いの形』
リア達はクロスティア学院の治療施設に何とか辿り着く。
ルミナを抱えたままリアは足早にクラリアス専門の治療室へ向かう。受け付け担当のミレナは状況を察してリアとルミナを迅速に通してくれた。
クラリアス専門の治療室へは一般のガーディアンは立ち入れないため、レナ達は外で待つことになった。
それに、ルミナ自身も治療の瞬間は他人に見られたくは無いだろう。
リアはルミナを治療台の上に優しく寝かせると、
「リア……ここは……」
ルミナは朦朧としたままゆっくりと目を開いた。
いつもの『げっ……またこれかー……私苦手なんだよな……』と元気な文句が頭を過ぎる。
その声が、表情が、変わり果てたルミナの姿がリアの心を苛む。
一刻も早くルミナの笑顔が見たい。
誰よりも早くその体を抱きしめてあげたい。
祈るようにルミナを見守る中、装置は起動する。
『識別コード746F6E6974727573、認証しました。修復レベル8、実行します』
未だに原理も不明な装置は、今まで見た事に無いほどに光を放つ。
それもそのはず、修復レベル8など聞いたことが無い。それほどの重態であれば戦場に放置されるのがほとんどである。
修復レベル8というヒトの身では経験することさえできない重症から急速に完全治癒する経験は、数多の量産型クラリアスを含めても極めて珍しいだろう。
装置が放つ光は激しく明滅する。
欠損していたルミナの右手は急速に修復されていき、同時に身体に空いた複数の穴も目を疑うほどの速度で埋まっていく。
ほとんどの傷が修復しかけた頃、装置は一段と強い光を放つ。
「────っんぁ!!」
ルミナは身体を痙攣させるとプツリと糸が切れたように気絶する。
「ル、ルミナ……?」
リアは涙を浮かべ、駆けつける。
確かに傷は完全に癒えている。
だが、この状態を傷が癒えたと言えるのだろうか。
リアはルミナの呼吸を確認するように顔を近づける。気絶しているが息はあるようだ。僅かに漂う刺激臭が鼻をついた。
「ど、どうすれば良いんだろう……」
対応に困ったリアは、ルミナが起きた時の事を考える。
今の惨状を綺麗好きで初なルミナが見てしまったら、きっと心に傷を負うだろう。
であれば、ルミナのために片付けてあげるべきだと判断したのだ。
ゆっくりと汚れている衣服から脱がそうと、スカートに手をかける。
僅かにルミナの足が動いた気がした。
そう、思いのほか早くルミナの意識は戻ったのだ。
「あっ、え、リアっ。えっ、これ……なんでっ……」
意識が戻ったルミナは紅潮し目を回す。
だが、今のリアにとって、そんなことは些細な問題だ。
「ルミナ!!!!」
リアは抱きついた。
強く、強く、存在を確かめるように。
思えば、一番仲の良いルミナとこうして肌を合わせること自体初めてのことだった。
ルミナの温もりが冷えきった私の心を温めてくれた。
「リア、ちょっと!! 私、汚いから!! お願いだから今は離して!!」
「汚くない!! 離さない!!!!」
──離したくない。
──失いたくない。
リアの中には感情が渦巻いていた。
目から溢れ出す雫は止むことを知らない。
「リ、リア……? 大丈夫だよ。もう私は何処にも行かないから」
ルミナは安心させるように語りかけた。
そして、安心させるように強く抱きしめた。
リアは「……うん」と小さく答えると、再びルミナの顔を見て安堵する。
ティシュトリアの考えが、アステリアの言動に隠れた意図が、少し分かった気がした。
きっと、心なんて言うものがあろうと無かろうと、それがまやかしであると思い込んだ方が、ずっと楽にこの世界で生きて行けるのだろう。
それでも、その心を知ったからこそ強くなれると信じている。
だからこそ私達は大切な人のために戦い続ける。
そして、リアとルミナは決意する。
──次こそは私が大切な存在を守りきる『ガーディアン』になるのだと。
リアはゆっくりとルミナから離れ、「じゃあ身体流そっか」と切り替えるように提案する。
リアの汚れた衣服を見たルミナは、少し怒り気味に「だから言ってるじゃんかー……」と答えると、シャワールームへ向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇
アルテミシア達はルミナのことを外で待とうとしていたが、ミレナに治療を勧められたことで一般の治療施設に足を運んでいた。
リゼは沈黙しただ自分を責めるように俯いていた。流れる涙はぽつりぽつりと垂直に落ちるように。
悔しさも少しはあっただろう。
だが、拳を握りしめる気力さえ今のリゼには無かった。今にも消えてしまいそうな儚い姿で佇んでいた。
「リゼ……自分を責めるな」
アルテミシアの言葉でさえ、今のリゼには伝わっているか分からない。
束の間、アルテミシアはリゼの肩を掴み顔の近くまで引き寄せた。
「──リゼ。私を見るんだ」
リゼは、──ぁ、と消えそうな声を漏らすと、ゆっくりと視線をアルテミシアに合わせる。
そして、初めて気づくことになる。
泣いていた。
声色も振る舞いもいつも通りで、完璧な憧れの存在でアルテミシアの目には涙が溢れていた。
ぽつりぽつりと頬を伝う。リゼを捉えるエメラルドグリーンの瞳は揺れていた。
「……ごめんなさい……私……」
また大切な人を傷つけた。
私はどれだけ罪を重ねれば気が済むのだろうか。
「リゼ。私の話を聞くんだ。リゼは自分が今まで仲間の為にしてきたことをもっと考えるべきだ」
「仲間にしてきた……こと……」
「リアの為に勇気をだして一人で動いたこと。今までいなくなってしまったアストルムのガーディアン達の為に毎日祈りをささげていること。毎日料理を作って、美味しいと言ったら必ず覚えてまた作ってくれること。私が遠征に出ている時には自分が責任をもって年下の面倒を見ていること。死を目の当たりにしてもなお、大切な仲間のことを思って行動できること。私が知ってるだけでもまだまだ言いきれないほどある」
アルテミシアの言葉を聞いたリゼは「なん……で……」と後ずさる。
手が届かないと思っていた憧れの人がそんなにも私のことを見ていてくれたなんて、思いもしなかった。
「リゼがいるから、安心して遠征に行ける。アストルムへ早く帰りたいと思う。リゼがいるから、私は一歩先へ踏み出せるんだ。そして、リゼは自分の足で前へ進もうとしている。だからこそ、そんなリゼを守るのは私で無ければいけなかったんだ。あの時、私はレナに守られた。リアはアステリアに自分は良いから、リゼを守れと言った。そして、ルミナは自分を犠牲にしてまでリゼを救ってくれた。違うんだよリゼ。あの時、あの瞬間、リゼの前に立って守らなければならなかったのは私なんだ」
アルテミシアは可憐な表情を崩し、大粒の涙を零していた。
「私が……リゼに救われている私が、背中を押してあげなければならなかったんだよ。私がリゼを守ってあげなければならなかったんだ……」
リゼは気づいた。
──私は、憧れという偶像をアルテミシアに押しつけていただけということに。
らしくない憧れのエルフを見た私の足は進み違っていた。
私よりも背が高く、凛々しく、美しく、強い大好きな人が弱々しくも、大泣きしているのだ。
──今すぐ抱きしめたいと、心が訴えている。
止まることを知らない足はアルテミシアに密着するほどに歩みを進めていた。
そして、二人は肌を合わせた。
お互いの温もりを感じるように。
アルテミシアとリゼは心の中で決意する。
──次こそは私が大切な存在を守りきる『ガーディアン』になるのだと。
レナには今の二人が、姿性格は違えど似たもの同士であるように見えた。
ただ、その光景は儚くも愛おしく、この世で最も価値のあるものだと思った。
レナは、決意する。
──大切なこの光景を守るために僕の全てを捧げると。
ゆさです。
第四章 『リグモレス』はこれにて終了です。
お読み頂きありがとうございました。
次回より、第五章 開始となります。
よろしくお願いします。




