第四章 17 『美しき心』
青の輝きを放つドラゴンは舞い降りる。
感じた寒気は恐怖でも敵意でも無く、その美しい体は僅かに冷気を放っていた。
ドラゴンはレナをじっくりと見据えると、敬意を示すようにゆっくりと頭を下げる。
そして、ドラゴンの背から一人の少女がするりと降りたのだ。
金色の髪を揺らす少女の瞳はレナに向いていた。
「シャナ……? その子はルドレイヴ……なのか……?」
「そうだよ、レナ。今度は私が救いに来たよ。レナとレナの大切な人を」
シャナは笑顔で答えた。
「でも、時間なさそうだね……ルドレイヴの背中に乗って。目的地まで連れて行ってあげる」
「……ありがとう」
レナ達はルドレイヴの背中に乗る。
その背中は七人がゆったりと乗れるほどに広い。
シャナの中に眠るルドレイヴがこれほどまでに美しく大きな存在であるとは想像もしなかった。
しなやかな肌触りの鱗に葉脈のように青の蛍光色が流動していた。ドラゴンであっても、やはりどこか精霊らしさがある。
ルドレイヴはルミナのことを気遣ってか、最小限の振動で飛び立つ。
ルミナに突き刺したアステリアの手は既に抜かれ、現在は胸の上に優しく触れるように置かれていた。手の周囲はほのかに光を放つ。
間違いなくルミナの為に何かしていることは確かだが、治癒の異能とは少し違うように見えた。
「なんで……助けるのさ……」
ルミナは朦朧としながらも、治療するアステリアを横目で捉えていた。
「別に。見るに堪えなかっただけだよ」
冷たく言葉を突き返すアステリアは、束の間──コホンッ、と咳き込むと僅かに血液が飛散する。
その様子に気づいたルミナは「なんで……」と、複雑な表情をしていた。
心はまやかしだと言った。
私の事を狂っていると言った。
そんなアステリアがなぜそこまでして私の事を助けようとするのだろうか。
言葉とは裏腹にも、その真剣なの表情が、暖かい手のひらが、苦しみから遠ざけようと冷酷に振る舞う仕草が、私の凍えた心を優しく包む。
「……アステリア、ありがとう。リアを救ってくれて……リゼを救ってくれて……私を…………」
ルミナは静かに眠りについた。
「シャナ、あとどれくらいかかりそうだ?」
レナは心配そうに尋ねる。
リグモレスから飛び立ち、三十分が経っていた。レナの感覚で逆算すると、ギリギリ間に合わない、そんな悪い未来が頭によぎってしまうのだ。
「天候も良くなってきたし、早ければ二十分くらいだと思うよ」
「そうか……良かった。アステリア、ルミナの状態は?」
「寝ている。安定してるから三十分はもたせるよ。……必ず」
口からたらりと血を流すアステリアは真剣な表情で宣言した。
その言動に、口を挟む不埒者はここにはいない。
しばらく飛んでいると、アルテミシアは目を凝らすように遠くを見つめていた。
「あれは……ウェルドノーツか……それも複数……」
アステリアは小型のドラゴンの群れを発見したのだ。
その言葉を聞いたレナは直ぐに剣を構える。
まだ距離はあるが、このまま戦闘になればルミナが危ない。遠方から一撃で消し飛ばしてしまおうか。
そんなことを考えていたレナを落ち着かせるように、シャナは「大丈夫だよ」と声をかけた。
ウェルドノーツの群れは迫る。
バサバサと不快な音を立て、こちらの存在に気づくと、速度を上げるように。
「ルドレイヴ、いくよ」
黄金の瞳を煌めかせたシャナは、ルドレイヴに優しく触れる。
ルドレイヴの流動する蛍光色は更なる輝きを放つ。
大きく息を吸い込んだルドレイヴはブレスを吐いた
そのブレスは、当然ただの風ではないが、炎でもなかった。
青く美しく、ほのかに冷気を放つ体を象徴するかのように。
──氷のブレスを吐いたのだ。
否、ただの氷ではない。
それ以下には決して下がることのない温度、絶対零度のブレスだった。
ブレスが通った周囲にはダイヤモンドダストを発生させる。
前方のウェルドノーツは一瞬で凍りつき落下する。
目にするのは初めてだが、その一撃は常軌を逸していた。これが準神級精霊の力である。
シャナとルドレイヴのおかげでルミナに負担をかけることなく、時間をかけずに魔物の群れを一掃できた。
暫く飛ぶと目の前には見慣れた光景が広がる。
「リセレンテシア……上から見るとこんなに綺麗なんだ……ルミナ……帰ってきたよ。私達の街に」
リアはルミナの手を握り、優しく声をかける。
心做しかルミナの表情は安心しているように見えた。
「あれがクロスティア学院だな、目立つからすぐ分かる。治療施設だから丁度良い、目の前から降りれば大丈夫だ」
アルテミシアが言うように、クロスティア学院の治療施設は南側に位置する為、アルティセラ大森林の方角から来たレナ達はそのまま入口に到着できた。
ルドレイヴはゆっくりと下降すると、レナ達が降りやすいように体勢を崩す。
アルテミシアは「ありがとうございます、シャナ様」と、敬意を示すように一例する。
「シャナ、ルドレイヴ、本当にありがとう。この恩は忘れない」
「私達も。レナにしてもらったことは忘れない。これからも、必要だと思えば、私達は助けに行く」
シャナは真剣に答えると、飛び立つ準備をしていた。
リアも「本当にありがとうございます」と涙を浮かべると、「早く仲間の元へ言ってあげなよ」と優しく微笑まれていた。
そして、アステリアは少しふらつきながら、「間に合ったね。僕の役目はこれまで」とこの場から逃げるように去ろうとしていた。
レナは呼び止めようとするが「本当に大丈夫。僕には主がいるから。ルミナの近くにいてあげて」と、今までにないほどに優しく答えたのだ。
──強く、優しく、美しい心。
──きっと、その姿こそ本当のアステリアなのだろう。




