第四章 16 『少女の後悔』
リアは上空でメルゼシオンと対峙する。
神々しい大槍は一段と存在感を放っていた。
"ラクリマが変質した"という言葉では決して説明のつかないその大槍は、さながら神話に登場する武器のようだった。
その光景を見たアウラは語る。
『──名前は語られぬ七神に授けられし七つの『神器』。その一角、聖槍アスカロン』
メルゼシオンから放たれる光の一閃を、リアの左手は容易く受け止た。
体勢は一切崩さずに、そのまま狙いを定めるように大槍を構える。
『──その一突きは、光をも超える速度で繰り出され』
リアは現状の間合いでは絶対に届かない距離にいるはずのメルゼシオンに向けて、大槍を突き出す。
『 ──距離を無視した回避不可の一撃を放つ』
リアが大槍を突き出したと同時に、メルゼシオンの胴体に大きな風穴を空けていたのだ。
メルゼシオンは鼓膜が破れるほどに大きな悲鳴をあげていた。
「──うるさい」
リアは追加で三回、大槍を突き出した。
首、胸、尾に穿たれた風穴は、ほぼ同時に穿たれたように見えた。
そして、最後の一撃。
勢い良く突き出された大槍の一撃は、一直線にメルゼシオンの頭を貫通し、七枚の羽を根元から全て切り離したのだ。
全身は穴だらけ、全ての羽を奪われたメルゼシオンはレナ達の前方に大きな振動を起こし落下した。
その体は大量の光子と共に霧散していく。
上空にいるリアは、その様子を見届けるといきなり力を失ったように脱力し落下する。
「──リアッ!!」
レナは地を蹴り、リアの方へ向かう。
高速で落下するリアを優しく受け止めた。
リアは先程までと変わり、元の姿に戻っていた。
一体何が起きたのだろうか。
レナはリアを抱えた優しく着地すると、リアはゆっくり目を開けるり
「……レ……ナ……?」
意識が朦朧としているが、大切な少女のことが頭を過ぎり意識は覚醒する。
「リゼは?! リゼはどこ!!!!」
リアは必死に少女を探すように叫ぶ。
そして、ルミナ達に囲まれる一人の少女を見つけた。
右腕は欠損し、身体に四つの大きな穴が空いていた。
致命傷は避けているが、そう言うレベルではない。
時間の問題だった。
駆けつけたリアは大粒の涙を零しリゼに寄り添う。
「ごめん……リゼ……私が弱いから…………」
「違う……よ……リア……じゃない……私がいけないんだ……仲間を守るって言ったのに……ずっと足でまといで……ずっと……守られてばかりで……ずっと……リアのことを傷つけてる……」
リゼは今にも消えそうな、掠れた声で答える。
その頬を雫が伝っていた。
「違うよ……私はリゼに救われたんだ……今の私があるのはリゼのおかげなのに……それなのに私は……」
その言葉を聞いたルミナも涙を流す。
たが、その瞳は強く、何かを決心したようにリゼを捉えていた。
「リア、大丈夫だよ。私が何とかするから」
ルミナはリアの肩に優しく触れると、涙を振り払いリゼに近づく。
その様子をアステリアは見ていた。
確信はない。
だが、ルミナが今何をしようとしているのか、何となくわかった気がしたのだ。
「おい……何をする気だ……」
アステリアの言葉をルミナは無視する。
そして、優しくリゼの胸に触れる。
「──リア・エテルニティス」
大切な親友の名前を含んだ詠唱。
それは、ルミナがリアの為に生み出した異能だった。
リゼの傷は少しずつ埋まっていく。
だが、その内容は治癒などと言う生易しい異能ではなかった。
「……っあ。…………っぐ……」
ルミナは堪えるが声を漏らす。
それもそのはず、リゼの受けたはずの傷がルミナに移動していたのだ。
「……ルミナ? なにやってるの……ねえ……」
リアは止めるが、止まらない。
大きな悲痛の声と共に、ルミナの右手は欠損する。
「──お願いだからもうやめて!! ルミナ!!!!」
リゼの怪我がほぼ癒えた頃、ルミナは手を離す。
無傷だったはずの左腿、右足、両肩に抉られるように穴が空き、右手は付け根から欠損していた。
「大丈夫だよ、リア。クラリアスはそんな簡単に死なない……」
ルミナは強がって微笑む。
確かにクラリアスはヒトよりは丈夫である。
だが、身体の一部をこれだけ欠損して何時間も生きていられるわけがない。
リゼが死ぬまでの時間を少し伸ばして肩代わりしたようなものだ。
束の間、リゼの消えかけていた意識は覚醒する。
目を開けると、右腕を失ったルミナが「──良かった……」と微笑んだのだ。
意味がわからなかった。
傷は癒えたはずだった。
それなのに、痛みは増していた。
──今度こそ、仲間は私が守る。
決意したあの日から、自分の手で守れた仲間などいなかった。
目の前で仲間を殺され、仲間に助けられ、死ぬはずだった体は癒え、その代償に仲間が死のうとしている。
そして、何よりも苦しいのは、自分の犠牲になろうとしている少女を、自分の力ではどうにも出来ないと悟っていることである。
──少女は後悔する。
あの時、自分の感情を押し付けなければ。
思い上がらなければ、こんな結末にはならなかっただろう。
私の思うガーディアンとは、その程度の存在だったのだ。
それでも少女は今にも消えそうな声で言ったのだ。
「リゼ……私達を救ってくれてありがとう……」
その光景を見て、真っ先に動いたのは意外な人物だった。
「……ルミナ……君は狂っているよ。クラリアスとしても、ヒトとしても」
アステリアは名前を呼んだ。
主から命じられた護衛対象外の名を初めて呼んだのだ。
アステリアは「少し痛むよ」と優しく告げ、
──ルミナの胸に手を突き刺した。
「……ぐっつ!!」
ルミナは悲痛の声をあげるが、不思議と失血は止まり、顔の表情は和らいでいた。
「一時間はもたせる。もし、その時間を超えるようなら、僕がルミナの核を取り出す」
その意味を理解できるのはこの場でリアとルミナのみ。
内容すらも、他人に話せない縛りになっている量産型クラリアスと違い、アステリアにはその縛りがないのだ。
そして、クラリアスの核を取り出すことも、リア達には不可能だ。
レナ達はその様子についていけないながらも、いまはルミナを一時間でクロスティア学院まで連れていく方法を考えていた。
普通に運んでは確実に間に合わない。
束の間のこと。
寒気のような、不思議な感覚。
気配を感じ取ったレナは空を見上げた。
すると、
──そこにはサファイアのように結晶の輝きを放つ、一体の大きなドラゴンが佇んでいた。




