第四章 13 『魔剣』
レナは漆黒の剣を手を伸ばす。
指が持ち手に触れると、漆黒だった剣身には細かい紋章のようなものが僅かに浮かび上がり始める。
しっかり握ることで、紋章は完全となる。
紋章は赤紫色に発光し、その様子は綺麗ながらも禍々しい印象を感じさせた。
その様子を見たアステリアは目を見開いた。
その頃、その正体が未だに掴めないでいたアルテミシアは、「アステリア、あれが何か分かるのか?」と尋ねる。
「君の言う通り、レリックで間違いない。それは『魔剣』だ」
「魔剣だと?!」
アルテミシアは驚愕する。
それは魔剣の希少性を知っているからだ。
だが、希少すぎるが故に、それがどのようなものであるかは知らなかった。
「僕が驚いたのは魔剣よりも、それを服従させたレナになんだけれどね」
レナはその魔剣を持ち替えながら「服従……?」と首を傾げる。
武器であるはずのこの剣を服従させるとはどういう事なのだろうか。
「これは多分言っても問題無さそうだから言っちゃうけれど、主が言っていた。あくまでの推測の話だが、魔剣を正常に使用できる者は存在しないと。それは、『魔剣が使用者を主として認めない。』ことに所以するらしい」
「存在しない……と言うのは世界において誰一人、ということなのか?」
「どうだろう。これ以上は話して良いのか僕にも分からないから、今度主に会うことがあれば聞いてみれば? 答えてくれるかは知らないけれど」
「なっ……そうか……機会があれば尋ねよう」
アルテミシアは残念そうな表情で言う。
核心に触れそうなところでお預けを食らった気分である。
レナは思い出したように、
「そう言えば、賢者アウレオとは僕が目覚めたときに会ったが、あの人物は本人なのか?」
「そんなわけないじゃん。主は不老不死なんだよ?あんなヨボヨボなおじいちゃんなわけない」
ヨボヨボなおじいちゃん……立派な杖も持ってたし、かなり強者感はあったと思うが。
じゃあ、あれはいったい誰なんだ……? とは何となく怖いから聞かないでおいた。
そしてあっさりと明かされた不老不死であることの裏付け。従者が言うならば本当のことなのだろう。
話をしているとルミナは気づいたように、「その棺の中は確認しなくて良いの?」と、棺の方を見る。
「確かにそうだな。だが……墓荒らしみたいで良い気はしないな……」
棺と言うのは現在あまり見ないものではあるが、墓は存在する。
無論、肉体は残らない為そこに込められるものは、生前その者が大切にしていた物品などである。故に、レリックや貴重品が眠っている可能性がある以上、確認するべきだろう。
レナは申し訳なさそうに、棺に手をかける。
ゆっくりと、棺の蓋を持ち上げるように。
本当に金で出来ているのだろうか、あまりにも重い。
それでも、レナの腕力であれば開けられないはずもない。
棺の蓋は──ガラガラッ、と音を立てると、その中が見える位置まで移動される。
レナがを確認するように覗き込むと、
「なん……だ、これは……」
──そこには、結晶に封じられた片腕があった。
片腕とは比喩でもなく、ただ身体の一部として片腕のみが結晶の中に封じられ棺の中に保存されていた。
その結晶はレナが閉じ込められていた結晶と同じようにも見えた。
ルミナも遅れて覗き込むが「ヒィイッ!!」と、逃げてしまう。
長らくその片腕を見ていたレナは、一時的に置いていた魔剣に導かれるように足を運び、再び手に取った。
魔剣が何かを語りかけているような、そんな気がしたからだ。
そして、レナは言う。
「この片腕、僕が切ってしまっても良いだろうか」
アルテミシアは一瞬待ったをかけようとするが、レナの真剣な眼差しを見て止まる。
「持ち帰る必要は無いものだ。レナがそうすべきだと思うなら尊重しよう」
「ありがとう」
そして、レナは魔剣を構える。
この魔剣を構えた時、どう扱うかが瞬時に理解出来た。
対象を息をするように切断するようなイメージが浮かぶ。
覚悟を決めたレナは剣を振るう。
その覚悟はレナだけのものでは無かった。
太刀筋は棺ごと切断したかのように見えたが、
──シュンッ、と静かな音を立てると時間差で結晶のみが両断される。
──パキッ、パキパキッ、と小さく音を立てた結晶は、やがて粉砕する。
粉砕して露になった片腕はゆっくりと消失した。
この時、魔剣は真の意味でレナを認めたような、そんな気がしたのだ。
レリックであり魔剣と呼ばれる武器。
レナはそれが武器であるとは思えなかった。
武器であると認識しているのであれば、この世界に誰も使える生物がいないことも頷ける。
これは武器ではない。
『魔剣』でさえない。
──これは、生命体だ。
なぜ武器の形をしているかは分からない。
だが、意志があり、その内に魔力も秘めている。魔剣と言われ始めたのは、この秘められた魔力が原因なのだろう。
どちらかと言えば、精霊に近い存在のように感じる。
両断した片腕はかつて魔剣が共に戦った主か。
握ると感じる魔剣の意思は、生半可なものでは無かった。
四大精霊に認められ、剣を愛するレナだからこそ認められたのかもしれない。
レリックとして回収され、あまつさえ戦闘を有利に進めるための道具として使われるのであれば、見放されて当然だ。
レナは目を瞑り、心の中で名前を問う。
暫くの静寂が空白の時間を埋めた。
──オルナ。
多くは語らず、たった一言。
その言葉を受け取った者はレナ一人。
魔剣と言われるその武器の形をした生命体は名乗ったのだ。




