第四章 11 『星刻の洞窟』
ふと空を見上げると、巨大な岩と結晶の隙間から星空が見える。
もうすっかり日は暮れていた。
琥珀色の結晶が多く存在するこの場所では、夜の景色が大分違う。
小さな川を超え、一面琥珀色をした結晶の間を何とか通り過ぎた辺りでアルテミシアは歩みを止めていた。
何やら不思議な顔をしている。
「おかしい……」
その様子を見たリゼは「どうしたんですか?」と尋ねた。
「目的の洞窟の入口なんだが……ここにあったんだ」
アルテミシアは確認するようにただの岩壁に触れるが、立ち塞がるはやはりただの岩壁である。
「アステリアはここら辺来たことあるか?」
「無いね。第一領域は大体スルーすることのが多いし」
「何故だろう……私が場所を間違えるはず無いのだが」
アルテミシアは自分の土地勘に絶対の自信をもっていた。普通なら勘違いと思ってしまいそうだが、別の原因を模索しているようだ。
「何か条件でもあるのか……? だが時間帯はこの前とさほど変わらないはずだが……」
アルテミシアは洞窟の入口が消えたと考えているらしい。仮にそうであったとして、今の情報から回答を導くのは骨が折れそうだ。
レナは一つ簡単な回答を思いつく。
「アルテミシア、入口はそこで間違い無いんだよな?」
「そうだ。間違いない」
「中に空洞があるならば、入口を破壊してしまえば良いのでは?」
それは問題に対する回答としてはあまりにも乱暴な回答。
「レナ……君は少し脳筋がすぎるのでは無いか? そんなことをすれば崩落で入口が埋まってしまうだろう……」
「破壊という言葉が良くなかったかもしれない。入口を切断して作ってしまえば良い」
アルテミシアは「全く、君は……」と、呆れた表情でレナを見る。
「しかし、このままここで時間を浪費する訳にもいかないだろう?」
「それはその通りなんだが……分かった、やってみると良い。くれぐれも、やりすぎるなよ?」
アルテミシアは釘を刺す。
返す言葉もない。
レナは岩壁の前に立つと、静かに剣を構え、自身が余裕をもって通れる大きさの長方形をイメージする。
切り口はできる限り滑らかになるように。
──サッ、──シュンッ、──シッシッ。
横、横、縦縦。素早く繰り出された剣撃は微かに音を立てる。
四つの直線を生み出す太刀筋は、ここにいるアステリアがかろうじて認識できる程度の素早さで構築される。
並の者には、同時に四つの太刀筋が現れたように見えるだろう。
レナは「──よし」と零すと身体をひねり、左足のかかとで岩壁を蹴り出す。
長方形の岩の塊は、奥へ──スーッ、と綺麗にスライドする。
すると、そこには綺麗な長方形の入口が出来上がっていた。
アルテミシア達は言葉を失い、アステリアは口笛で煽る。
「アルテミシア、本当にあったぞ。完璧な位置だ。すごいな。」
レナは感心するが、「すごいのはお前だよ……」とアルテミシアに遠い目をされる。
入口を強引に作り出したアルテミシア達は洞窟の調査を開始した。
アルテミシアの言う通り中はかなり暗かったが、リアの光魔術により問題なく調査できそうだ。
「さっきレナが切った岩壁なんだけれど、なんか書いてあるね。なんだろう」
ルミナは綺麗な長方形にカットされた岩の裏側を覗き込む。
何なら記号のような、紋章のような何かがきざまれていた。
「……どれどれ?」とアルテミシアが近づいてくる。
「どこかで見たことあるなこれ……たしか、星占術を生業とする者がこのような記号を使っていたような、いなかったような……」
リゼは「星占術ってなんですか?」と尋ねる。
「星占術は簡単に言うと、マイナーな魔術だ。魔術は形式化されているが、星占術もまた一部の信仰者の中では形式化した魔術になりうる、ということだな。ここはリグモレス領域内であり、星占術で何かしようと企んだ者がいるとは考えにくいが、記号から星に関係する何かがあるような気はする」
「星占いと言えば星座とかだよね? この前は空いていた入口が今回は消えていた。入口が出現する条件に、星の位置が関係したりするのかな?まあ、この仕組み自体、誰が作ったのか知らないけれど、この厚さの壁をすんなり両断する者がいるなんて想像もしていなかっただろうね」
ルミナは切断面を指でスーッと撫でながら推測を述べる。
「仮に星の位置が条件だとすると、私がこの前偶然この入口を見つけたのはかなりレアな体験だったということだ。つまり、この洞窟はまだ探索されていない可能性がある!!」
アルテミシアは分かりやすく上機嫌になる。
そして、「では、進むぞ!!」と意気込み先頭を歩き始める。
洞窟内はさほど広くは無いものの、いくつかの仕掛けが存在していた。
落とし穴、落石、魔術を使った罠。
一人であれば、危険だったかもしれないが、アルテミシア達にとっては、どれも生ぬるいいたずら程度でしか無かった。
しばらく進んで行くと、出口だろうか? 神々しい光が道に射し込んでいた。
リアは空間を照らすために行使していた光魔術を止める。
そして、アルテミシア達はその出口であろう場所に足を踏み入れる。
一面金色の結晶が大量に立ち並ぶ大空洞。
洞窟の中にもかかわらず、先程までとは違い少しも暗くない。
そこには、あまりにも現実離れした神々しい空間があった。




