第四章 10 『純白の軌跡』
レナが一体のカルムエイラスを倒すことができたが、一つ大きな問題があった。
レナの一撃を見た他の個体は目を閉じたまま、リア達の方へ移動を開始したのだ。
見た目に反して、それなりの知能があるらしい。
一瞬目を開けリアを認識した後、一体のカルムエイラスがリア目掛けて攻撃を繰り出す。
リアは瞬時にラクリマを顕現し、鎌のようなソレを受け止める。その衝撃は、見た目の数倍はくだらないほど重かった。
地面が硬い岩であることも相まって、衝撃は骨にまで響いた。
じんとする痛みを堪え反撃の糸口を探るが、残りのカルムエイラスは、すかさずリアを集中攻撃すべく突撃していく。
『流石にこの状態で受け切るのは無理……』
リアが諦めかけた時、
「「──ディア・アムレート」」
アルテミシアは詠唱する。
同時に透き通った女性の声が重なった。
すると、リアの周囲に正十二面体の結界が展開される。
薄紫色に淡く発光する結界を七体のカルムエイラスが同時に攻撃するが、その攻撃を問題なく受けきった。
だが、カルムエイラスの猛撃は止まらない。
「ある程度耐えることはできるが埒が明かない。アステリア、何か手はないか?」
アルテミシアは手助けを求める。
現状、複数のカルムエイラスを同時に倒せる者は存在しない。唯一の希望がアステリアだったのだ。
アステリアはため息を吐き「……分かったよ」と一言。
右手をゆっくりとカルムエイラスの群れに突き出すと、
「──テ/テ:ラ/ラ:・/・:テ/ル:ネ/ク:ブ/セ:レ/ア:ア」
その詠唱は聞き取れなかった。
レナが以前発した理解できない言語とは違い、理解はできる詠唱。一つの単語に二つの意味が込められた詠唱である。
込められた意味は、テラ・テネブレアとテラ・ルクセア。
音として聞き取ることは出来ないが、不思議と意味は理解出来たのだ。
アステリアから放たれた魔術は、闇属性でも、光属性でもなかった。
それは、純白に輝く数多の流線として現れたのだ。
──シャリンシャリン。と流線は粒子を散らし軌跡を描くと、カルムエイラス目掛けて高速に衝突する。
衝突した流線は、カルムエイラスに小さな穴を無数に開けた後、 ──シュパッ、カチッ、キランッと様々な音をさせスっと消滅する。
そして、流線が全て消滅する頃には、カルムエイラスの群れは一体残らず消滅していた。
その様子をレナ達はただ見ていた。
実際、何が起きたのか分からなかったのだ。音としては理解できないが、頭で理解した意味は闇と光の基本魔術。
だが、行使されたのは、かつて一度も見たことの無い不思議な魔術だった。
「魔力障壁を破れる魔術は存在しない。まさか……無属性魔術か……」
アルテミシアは気づいたように呟く。
無属性魔術? 聞いたことがない。
魔術と言えば、風、火、水、地、氷、雷、闇、光の八属性である。
アステリアは小さく「そうだけれど」とあっさり答えると元の位置に戻っていく。
「とにかく、今のはとても助かった。ありがとう。では、進もうか」
アルテミシア達は呼びかけると、再び目的の洞窟を目指し歩き始める。
「アステリア、ただの好奇心で聞くが、無属性魔術とはどういうものなんだ?」
「無属性魔術は、闇と光系統の魔術を同一座標に重ねることで、属性を持たない性質に変質した魔術のことだよ」
アステリアは少しめんどくさそうながらも、意外にもあっさりと説明を始めた。主が一目をおくレナと言う少年に興味があるのだろうか。
「同一座標……」
レナは歩きながらおもむろに手のひらを上に向けイメージする。
闇と光系統の魔術をできる限り最弱の力加減で、同一座標上に重ねるイメージ。
すると、手のひらに純白の光を放つ極小の球体が生成される。アステリアが生成した物の十分の一程度の大きさである。
この極小の球体が同一座標に重なった魔術だとすると、これを放出させることで、先程のアステリアが引き起こした現象を再現できるのだろうか。
ここまで来て気づいた。
思いつきでやってしまったが、この純白の球体はとても不安定な存在であると。レナは冷や汗をかく。
いきなり黙り込み、手元をいじるレナを気にするように見たアステリアは、
「──っつ!? おい、お前何やってんだよ!!」
「あっ、これは……思いつきで……」
──ジリジリッ、純白の球体から不自然な音がし始める。
「──おいっ。とりあえず、ちょっと落ち着け」
アステリアは取り乱しながらもレナを落ち着かせようとする。
冷淡な少女にしては珍しく動揺しているようだった。
レナはもう一度冷静に重なりをイメージする。
さっきまでの不自然な音は鳴りやんだ。
「そのまま、重なりを分解するイメージをするんだ。間違っても雑に放出するようなイメージはするな」
アステリアに促されると、レナは重なりを分解するイメージを構築する。口では説明しづらいが、感覚で何となくできる気がした。
レナは「……こう……かな?」と、イメージを固める。
束の間、純白の球体は──パシュッ、と音を立て消失した。
アステリアはその様子を見ると、安堵したように「バカかお前は……」と呆れたようにこぼした。
「申し訳ない、できそうな気がしたから、強度を抑えれば大丈夫かなと思った。だが、球体を生成した後で後悔した。申し開きのしようも無い」
「さっきまで僕に説明させてただろう。なんで説明の途中でいきなり実行するという発想が生まれるんだ? そもそも原理知らずになんで実行できるんだよ」
レナは申し訳無さそうに顔を伏せる。
先頭のアルテミシアが「どうかしたか?」と聞いてきたが、「大丈夫だ、なんでもない」と返しておいた。
事情を話したらこの前の二の舞いを踏むような気がしたからだ。
アステリアが無口で助かった。
いや、そんな無口な少女にさえ叱られたのだ。本当に自重した方が良いだろう。
レナは立ち止まり深呼吸し気を引き締めると、再び歩き始めた。




