第四章 9 『神速の剣技』
目的の洞窟へ向かう途中のこと。
道のりはだいぶ険しく複雑になり始めていた。
「マッピングした地図も見ずに、こんな複雑な道を把握しているんですか?」
リゼは不思議そうに尋ねる。
リア達が探索に出る時、必ずマッピングされた地図を見ながら進むのが普通である。たが、アルテミシアは地図を見ずに一切の迷いなく進んでいく。
正直なところ、リゼがここから帰れと言われたら元の位置に戻れないだろう。
「あっ、そうだった。すまない、心配になるよな。私一人の時はマッピングしないから迂闊だった。リゼ達の為に一応地図は用意してたんだ」
思い出したように地図を配り始める。
このエルフ、酒に酔ってすっかり忘れていたのだろうか。
アステリアにも渡そうとするが、「僕はいらない」拒否していた。
「そう言えば、リゼの質問に答えていなかったね。私達エルフは土地勘が優れてね。それに加え精霊達の動きも知覚できることから、慣れると地図を見る必要が無くなるんだ。それでも、マッピングは必要な行為だから地図自体は時間が空き次第後で作成する」
リゼは渡された地図をみながら、「すごいですね……」と感嘆する。渡された地図を見たが、スムーズに探索できるとは思えない程に複雑だ。
アルテミシアは空間的な情報を脳内にインプットし、加えて精霊の動きと変化を知覚することで、リアルタイムに以前の情報を引き出しているのだろう。
それは、地図を見て反映させるよりもはるかに確実で速い方法である。無論、出来ればの話ではあるが。
アルテミシアによると、後三十分程度で目的の洞窟へ辿り着くと言う。辺りが巨大な岩に囲われているため、時間の感覚がずれるが、時計を確認するとまだ夕暮れ前であることが分かる。
その途中、ルミナは発見する。
前方の高くそびえ立つ巨大岩の裏、綺麗な琥珀色の結晶をつい見てしまったが故のこと。
「……なんだろう、あれ……結晶じゃないよね……」
ルミナは小型の双眼鏡を取り出し、それが何なのかを詳しく見ようとする。
「ピントが……えっと、こうかなー……──うぇえええええっ!?」
ルミナは大声で叫んだ。
アルテミシアは「どうした?!」と駆けつけてくる。
アステリアはいかにも不快そうな顔をしていた。うるさい、と言わんばかりの表情である。
「目、目玉が!! 巨大な目玉がたくさん!! キモイッ!!!!」
アルテミシアは「大きな目玉だ?」と不思議そうに辺りを見回す。かなり高い位置に存在する為、中々肉眼で分かりづらいだろう。
そして、──ゴソッ……ベチャッ、とその巨大なたくさんの目玉は目の前に降ってくる。
「ぎゃああああああ!!!!」
ルミナは涙目でリアに抱きついた。
今回の遠征、ルミナにとっては試練の連続のようだ。恐る恐る目玉の正体を目視しようと試みる。
水銀のような液体に巨大な目玉が一つ。目をくりくりさせ、瞬きをしている。ルミナはその様子を見て「うげぇ……」と気味悪がるが、リアは内心少し可愛いと思ってしまった。
それは、ルミナでは無く巨大な目玉の方である。
アルテミシアは、「あー……こいつか……。」と珍しく嫌そうな表情をする。
「どうかしたのか?」とレナが尋ねると、
「こいつは、カルムエイラスというここらでよく見かける魔獣だ。私一人の時は戦わずして撒いちゃうのだが、意外にも素早くてな。そして群れと来たものだ。リア達では逃げきれないだろう」
カルムエイラスの群れはこちらを見ている。
巨大な目玉がギョロギョロと。だが、見てるだけで何かをしてくる様子はない。
こちらの様子を窺っているのだろうか。
だが、その時はいきなり訪れた。
カルムエイラスにギョロギョロと視線を向けられたルミナは、「ひぃっ!!」と声をもらしたのだ。
刹那、先頭のカルムエイラスは身体の一部を鎌のような形状に変化させ、レナ達の方へ突進して来る。
レナは一瞬にして剣を抜くと上空へ飛び上がり、カルムエイラスの頭上から両断するつもりで剣を振り下ろした。
振り下ろした刃は対象に触れる、手応えはあった。否、不自然な程に手応えがあったのだ。
──カキンッ!!、と甲高い金属音が鳴り響く。
アルテミシアは耳を塞いでいた。
液体のように見えたカルムエイラスは、レナの振るった刃が接触した瞬間、レナでさえ両断不可能な硬度の個体に変質したのだ。
アルテミシアは「やっぱりな……」と、残念そうな表情をする。どうやらこの結果を予測していたらしい。
その光景を見ていたリゼは、杖を構え火属性の魔術を行使しようとするが、アルテミシアに止められてしまう。
「こいつに属性の付与された異能の類いは通用しない。カルムエイラスそのものが魔力障壁みたいなものでね」
「物理攻撃も通用しそうに無かったが……目玉をピンポイントで狙ったら通用したりしないか?」
レナは安直な考えでそんなことを言う。
「魔力障壁は全身だが、硬化能力は液体の部分のみと考えられる。故に、効果はあると思う。試したことも見たことも無いので推測でしかないが。だが、目を閉じてしまえば同じことだ。物理攻撃は通用しなくなる」
「なるほど、試してみよう」
レナはあっさり答えると、アルテミシアは「へっ?」と、間抜けな表情をしていた。
それもそのはず、レナはカルムエイラスが目を瞑るよりも早くこの距離を詰め、目玉を狙うと言っているのだ余りにも無謀すぎる。
レナは剣尖を地面に擦らせ、──シャリンッ、と音をさせると、カルムエイラスは反応する。
アルテミシアがレナからギロっと目玉を動かすカルムエイラスへ視点を移した刹那。──サッ、小さな音がした気がした。
アルテミシアがレナから目を離したコンマ一秒にも満たない時間で、レナは消えていたのだ。
そして、再びカルムエイラスへ視線を移すと、
──目玉に剣を突き刺したレナの姿があったのだ。
それは迅速という言葉では表せないほどに、静かで高速な剣技であった。
神の領域に足を踏み入れた剣技、そこまで言うとさすがに大袈裟に聞こえるが、迅速よりも神速という言葉が適切に思えるほどに卓越した剣技だった。
アルテミシアは言葉も出ず、一体のカルムエイラスが消える様を眺めていた。




