第四章 5 『寄り添う』
「お疲れ様、四人とも良い連携だった。変則的な相手にも適応して戦えていた。ルミナは……大変だったな。メルギトルは群れることもあるからな。かく言う私も実は同じような仕打ちを受けたことがある」
「……メルギトルの……群れ…………」
後退りしながら顔を真っ青にして震え出すルミナ。今回の一件は間違いなくトラウマを植え付けただろう。
「そう言えば僕の剣が無くなったんだが、この先もルールは継続か?」
レナは手持ち無沙汰に元々剣があった場所を弄っていた。
「もちろんだ。あとリアのラクリマを使うのも無しだ。他人の魔力で生成された武器もな」
アルテミシアはルールの緩和どころか更に追加した。ここまでくると戦わせないことになにか重要な理由があるようにさえ思えてくる。
「そんな無茶な……殴って倒せという事か?」
「あはは、すまん冗談だ。恐らくだが、先程のような強敵は現れないだろう。メルギトルは他の生物に嫌われてるからな、理由は言わなくてもわかるだろう。魔獣には遭遇するかもしれないが問題無いだろう」
アルテミシアの表情は、戦闘の前よりも少し柔らかに見えた。強敵相手にリア達が想定上に戦えたことからの安堵だろうか。
その後、アルテミシアの言う通りに何体かの魔物と遭遇したものの、スムーズに倒すことができた。その内、一体の魔獣をレナが本当に殴って倒した時、アルテミシアにどん引きされたのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇◇◇
「よし、ここが第三簡易拠点だ。課題もここで終了だ、実に良い動きだった。第三簡易拠点から主要拠点まではすぐだから、リグモレス第一領域に踏み込むまでは気を抜いても大丈夫だぞ」
アルテミシアは上機嫌で話す。
「やっとついたぁ……」
ルミナは不快そうに呟いた。あれだけ嘔吐した上に、風呂も洗濯も出来ずここまで我慢してきたのだ、ルミナには過酷な課題となっただろう。
「なんだか、第二簡易拠点よりも栄えてますね」
リゼは辺りを見渡す。簡易拠点と謳っているものの、かなりの広さがあり人通りも多かった。
「そうだな。私が以前言ったように、慣れた者なら一日で第三拠点まで来れてしまうからな。そう意味では、稼ぎ場でもあるんだろう」
アルテミシアは簡単に言うが、慣れたとしてもファースト階級のガーディアンには不可能だ。リグモレスに遠征に行く者達が如何に常識外れであるかがよく分かる。
そして、その者達は商人にとっては良い客になるということだろう。それは、物価が高い原因にも関係してそうだ。
「そう言えば、この拠点にはちゃんとしたお風呂もあったな」
撃沈しているルミナを見たアルテミシアは故意に大きめの声で独り言を言った。
「──っ行く!!!! 何処にあるの?!」
ルミナはぱっと笑顔になると高速でアルテミシアに迫る。
「ちょっと、落ち着かないか。……って言うか臭いぞ君」
束の間、ルミナは硬直し、
「……………ぅん……きゅぇ……っく」
目を潤ませ、小動物の鳴き声のような声をもらす。分かってはいても臭いと言われるのがたまらなく悔しいのだ。
「あっ、すまん私が悪かった!! ほら、行こうか、全部私が奢るからさ」
アルテミシアは慌ててルミナを宥める。これに関してはアルテミシアが悪いだろう、いくらなんでも臭いは無い。
ルミナ達はアルテミシアに導かれ、お風呂のある施設へ辿り着く。
温泉ではないが浴槽自体はかなり大きかった。服も一式風呂に入っている間に洗濯から乾燥まで終わる良心設計である。
「ふぅ……」
ルミナは幸せそうに湯に浸かっていた。身に纏わりついた嫌な臭いは、繰り返し身体を洗ったことで綺麗さっぱり消えていた。
レナは男風呂、リア達は何やら遠くの小さい風呂で遊んでいた。
「ルミナ、一つ聞いてみたいことがあるんだが良いかね」
アルテミシアは珍しく本題から入らずにそう前置きする。さっきの件から少し気を使っているのだろうか。
「いいよー、今はすごく気分が良い。本当にありがとう、助かった……」
ルミナは口まで湯に浸かる。ぶくぶくと息を吐いたりと、いつもの自由気ままなルミナに戻っていた。
「ルミナはいつも様々な異能を行使しているが、あれは一度行使出来た異能を使っているのか?」
「ある程度決まってること多いかな、あとは感覚で変えたりするけれど」
「それだ。感覚で異能力を変化させるとはどう言うことなんだ? 初めは君のことを多彩な異能を行使できる器用な子だと思ってたが、あまりにも多彩すぎる」
「私にもよく分からないけれど、基本魔術を応用して変化させるのと同じような感じじゃないの?」
「知っていると思うが、魔術は言わば異能を誰もが使いやすいように形式化したものだ。だからこそ、センスがあればある程度の改変はできてしまう。だが、異能はそうはいかない。もちろんそれを成す者もいるが、ルミナを見ていると何かコツのようなものでもあるのかと思ってしまってね」
「コツか……よく分からないなぁ。でも、私は基本魔術を使えないんだ。学院で習っても自分の中のイメージが邪魔しちゃって上手く発動しないんだよね。けれど、ふと思いついた時、やろうと思ったら何となくできることが多いね」
ルミナは頭まで湯に浸かる。一体どれだけお風呂が好きなのだろう。
「やろうと思ったら何となくできるか…………正しく天才の言葉だね」
アルテミシアは小さい声でそうこぼす。その目は少し遠くを見ていた。
「……ん? 何か言った?」
湯に潜っていたルミナはざぶんと浮上し、そんなことを言う。
「いや、こっちの話だ。すまんな変なことを聞いて。昔君によく似た親友がいてね、君を見ると思い出すんだ」
「……辛い?」
アルテミシアの瞳を見たルミナは優しく問う。
「いいや、どちらかと言えば楽しい思い出が多いからな。むしろ気が落ち着くよ」
「そう、なら良かった」
ルミナは優しくアルテミシアに寄りかかる。楽しい思い出と言った。深くは問うまい、気が落ち着くと言った。であれば今は寄り添ってあげたかった。
自由気ままで純粋な少女はゆっくりと目を閉じる。隣でぽつりと微かに雫が落ちる音がした気がしたが、しばらくそのままでいた。




