第四章 4 『課題』
翌朝、アルテミシア達は第二簡易拠点を出発する準備をしていた。アルトセラスの土地と言うだけあって、未だに自然は満ち溢れている。
リグモレスへの道のりとしては通過しやすい環境と言える。簡易拠点の料理が多彩で美味だったのもきっとそれ故だろう。
「次に目指すは第三拠点だ。リグモレス第一領域に生息する魔獣などと接敵することも想定できるので注意するように。そしてリア達の成長を実践で促せるとしたら、これが最後の機会とも言える。リグモレス領域内では鍛えるだとか甘い考えは持てないからね。そこで君達には課題を出そう。ここから第三簡易拠点まで、私は一切力を貸さない。無論、危機に瀕すようなら助ける。今回はレナも戦闘に参加してくれ。しかし、行使して良いのは直接攻撃だけだ。魔力とアルマを制御する感覚を少しでも高めるんだ」
「分かった。直接攻撃であればある程度融通が効きそうだ。試してみる」
「さあ、では出発しようか。」
アルテミシアの掛け声と共にリア達は出発する。
◇◇◇◇◇◇◇
ある程度進むと、レナ達はあることに気がつく。先程まで自然豊かだった光景が霞んで来たのだ。所々植物は枯れ、木々が焼け焦げた跡なども見受けられた。
その変化した光景故か否か、空気が変わったように感じた。乾燥した冷たい空気が肌を撫でるような、油断をすると喉元に手をかけられるのでは無いかと言う不安感が芽生えていた。
そして、その直感が正しいと知ることになる。
目の前に現れたのは見たことの無い魔獣だろうか。
大きな角を持った鹿のような姿をしているが、その肌全体を覆う流体のように、黒い液体が蠢いていた。かなり気持ち悪い見た目をしている。
「……メルギトル、一応魔獣だがこいつの生息地はリグモレス第一領域だ。今まで見てきた魔獣と同じ感覚でいると酷い目をみるぞ、注意するように」
アルテミシアは真剣な様子で警告する。先程までの冷たい空気が肌を撫でるような感覚もメルギトルによるものだと思われる。
ゆっくりと歩く足跡の周辺の草が、徐々に枯れていくのが見えた。
「じゃ、遠慮なく」
ゆっくりとこちらに向かうメルギトルに真っ先に切り込みに行ったのはレナだった。高速で前方に蹴りだし、メルギトルの頭上から真っ二つ資する勢いで剣を振るう。
「結構鈍いな…………っ?!」
レナは目を見開く。かなりの力で剣を振るった。両断した気でいたが、メルギトルの体表でコツりと動きを止めたのだ。だが、敵の硬度が高い故に両断出来なかった訳では無いのだ。
体表で動きを止めた剣は、ゆっくりとメルギトルの体内に飲み込まれていく。
慌ててレナは剣を引き抜こうとするが、
「……重すぎる……このままだと直接攻撃は厳しいな……」
レナは剣を手放し、少し距離をとった。すると、今までゆっくりと動くだけだったメルギトルの様子が変化する。埋没していた目玉は飛び出し、身体は不規則に二倍ほどに膨張していた。
「うわっ!! キモすぎるよコイツッ!!
うげぇー……しかも口からなんか出しそうなんだけれどっ!!」
ルミナは逃げるように後退するが、その様子を見たメルギトルはターゲットをルミナに絞ったようだ。不幸にも綺麗好きなルミナが選ばれてしまった。
ルミナの言う通り、メルギトル嘔吐する前のような挙動を見せていた。実に気持ち悪い魔獣だ。
「……やめろって本当に!!!! ──グラド・エレクタス!!」
ルミナが詠唱すると、前方に薄いプラズマの壁を生成した。
その壁に風に飛ばされた葉が接した瞬間、焼け焦げて消滅する。物理的な壁でも、結界でもないが、薄いプラズマを触れたものを焼き切る盾として利用しているのだ。
そして、その時は来た。メルギトルの飛び出た目玉は血走り、大きく開いた口から不快な音と共にどす黒い粘着質の液体が放出される。
「う、うえぇぇぇぇ…………ゲホッ……グェェ……」
ルミナは堪らず嘔吐する。見た目だけの問題ではなかったのだ。この世のものとは思えないほどに悪臭を放っていた。
放出された液体は、ルミナの生成したプラズマの壁に勢いよく衝突する。液体であれば、そのほとんどが蒸発し盾として大変有効な役目を果たすと思えたが、そうはならなかった。
バチバチっと音を立てたものの、液体はプラズマの壁を貫通したのだ。
「……ッゲボ……え、ちょっまっ……」
涙目で咳き込むルミナ。今のルミナにあの攻撃を避けるのは厳しいだろう。
その様子をみたレナは地を勢いよく蹴り、ルミナのいる方向へ跳躍する。そして、ルミナを抱え迫る液体を紙一重で回避したのだ。
「レ……ナ、ありが………ゲボッ………あぅー…………」
何度嘔吐したか分からない。苦しみのあまり涙と涎が滴っていた。ある意味では、攻撃を受けるよりも辛い仕打ちだろう。
先程液体が放出された地面を見ると、草のほとんどが溶けていた。あれを身に受けたらひとたまりもない。
メルギトルはこともあろうか、二発目を放出しようとしていた。
そして、リゼがふと思い立つ。水分を含む液体で無ければ、一体あの黒い液体は何なのだろうか。そして思い至る。草を枯らし、溶かす、自然を侵すようなそれは闇属性に属するものなのではないかと。
「──テラ・ルクセア!!」
リゼが詠唱すると、小さな杖から神々しい七本の光柱が放たれる。メルギトルの頭上で円柱状に囲んだ光柱はメルギトル目掛けて一点に収束する。
光柱がメルギトルの表面に衝突すると、黒い液体が蒸発したように見えた。そして、ほんの少しではあるが喉元の辺りに紫紺の結晶のようなものが見えた。が、すぐに元に戻ってしまった。
「リア!! 今喉に見えたのが多分弱点だよ。でも、ごめん……私の光魔術じゃ足りないみたい」
「了解!! 私がもう一度光魔術を使うから、レナはこれで弱点を壊して!!」
リアはそう言うと、顕現したラクリマをレナに渡す。
「任された」
レナは初めてラクリマを握った。大きさに比べ、あまりにも軽く、そこら一級品の剣とも比較にならないほどに硬度が高い。それがこの世の物質でないことは明らかだった。
その美しさに目を奪われそうになるが、今は目前の標的に集中すべく、ラクリマをしっかりと構えた。
「──ゼラ・ルクセア!!」
リアが詠唱すると、メルギトルの遥か上空が強く輝いたと思うと、メルギトルを囲うほどの太い光柱が降り注ぐ。
光の柱はしばらくの間存在し、中にいるメルギトル降り注ぎ続けた。
レナはラクリマを構えたまま、その時を待つ。それは、光柱が途切れる直前のこと。
「──今だ」
レナは地面が抉れるほどの強さで地を蹴りだし、メルギトルの喉元に切りかかる。ラクリマの刀身は、結晶の中心を捉えていた。
ラクリマを利用したあまりにも美しい一刀。アルテミシアは万が一を想定し、身構えていたがその姿に釘付けになっていた。
──パリンッ、綺麗な音共に結晶は粉砕する。
そして、メルギトルを構成していた黒い液体は跡形もなく蒸発した。




