第四章 1 『雷撃』
リア達がアストルムヘ帰還してから数日が経過していた。
今回の件、ネイトにはレナの抱えるリスクは上手く解決したことのみ伝えてある。精霊についての話をしたところで、混乱させるだけだからだ。
レナは確かに特殊であるが、前提としてフェルズガレアのガーディアンは特殊な能力を持った者が多いため、それ自体は大した問題にはならない。むしろ、レナの抱えるリスクが無くなり、戦力としての価値が高まったのは純粋に喜ばれる案件である。
アストルムの修練所にて、レナの周りにアルテミシア達が集まっていた。
「で、レナ。魔術の調子はどうだ? 以前は使えなかったと言っていたが」
アルテミシアは興味深そうに尋ねる。
「ああ、おそらく問題なく行使できるだろう。しかし、今まで行使しようと力んでいた節があるから、力加減が適切であるか自信がない」
「最低強度の魔術で良い、試しに行使してみると良い。この広さだ、万が一最大強度が行使されたとてさほど問題にはならないだろう。現に私は試したことがある。どうせなら変わり種を試してみよう。雷の低級魔術をやってみると良い」
アルテミシアは不敵な笑みをこぼす。最大強度と言えば、以前ウェルドノーツを一撃で仕留めた魔術の更に上である。
「分かった。試してみよう」
レナは意識する。
クロスティア学院で学んだ基本魔術のイメージ。属性は雷、詠唱名は『メラ・トニトルス』。
その時、ふと脳内に別の詠唱名が浮かぶ。
自身では理解できていた、その詠唱名こそが本質であると。
強度はイメージした通りで発動するはずだ。
であれば、試してみるしか無かろう。
レナは集中し、手を正面へ向けると、
「────」
刹那、目を覆いたくなるような激しい光に包まれ、ほぼ同時に轟音を響かせる巨大な落雷が正面へ降り注ぐ。着地と共に拡散した雷撃は周囲へ牙を向いた。
「──オレイアス、周辺を守れ!!!!」
アルテミシアは雷撃の着地を見た瞬間、周囲を精霊の結界により防いだのだ。
雷撃が収まると、前方には巨大なクレーターが出来上がっていた。拡散した雷撃はさほど強力では無いが、アルテミシアが結界で防がなければ、アストルムの建物は半壊していただろう。
アルテミシアは今まで見たことの無いような真顔でレナを見る。
いや、笑っているようにも見える。むしろ引きつったような表情をしていた。
眉をピクピクと動かしながらレナの方へ歩いて来ると、
「ちょっと、レナ? わ た し の 言うこと、聞いてた? ねぇ?」
完全に怒っている。
アルテミシアの性格からしてもっと激しく怒るのかと思ったら、本気で怒るとこうなるらしい。
リゼも珍しいものを見るように、目を丸くしていた。
「いや、その、雷の低級魔術だよな、僕は確かに……」
レナは言い訳をする。
違う詠唱名を唱えたのはレナだ、レナにしては見苦しい言い訳である。それほどにアルテミシアによる謎の威圧がすごかった。
「へぇ、そうなんだ? 私には何語かさえ分からなかったけれど?」
アルテミシアは依然と笑っている。
ここまで来ると怖い。
「……すまない」
多くは語らず素直に謝ることにした。
だが、今のアルテミシアはそれだけでは許さない。
「もう一度やれ。だが、次同じようなことがあれば、分かってるな?」
アルテミシアの笑みは一層強まる。右手は固く握られていた。
失敗は許されない。間違えれば武力行使ということだ。
冷や汗を浮かべたレナは再び慎重にイメージする。
何がなんでも次は、正しく詠唱する。詠唱名はメラ・トニトルスだ。
「──メラ・トニトルス」
レナが唱えると、──プシュリと、一筋の小さな雷撃が前方へ放たれる。そして、一定距離離れたところで消滅した。
アルテミシアはその様子を見て一瞥、
「ふん、随分としょぼい魔術だな」
「できる限り弱くイメージして詠唱してみた……期待に応えられず申し訳ない」
レナはまるで萎れた植物のようになっていた。
「まあ良い、調整は出来るということだ。くれぐれも……」
アルテミシアは何かを言いかけたところで止まる。表情も、ようやくいつもの様子に戻ったようだ。
「どうした?」
そこで気がついた、自らの鼻孔から血液が流れていることに。
「いきなり魔力を使いすぎた反動だな。どうにもレナはアルマの使い方に慣れすぎている。昔の記憶が無いと言っていたが、もしかしたら精霊使いだったのかもな。普通は精霊契約したところで、アルマの扱いに苦労するものなんだ。にもかかわらず、レナはあまりにも魔素の吸収効率が良すぎる。あまりに多くの魔素を自らに取り込みすぎると、今のように身体に負担がかかる。レナは魔力を貯める器も大きいようだが、注意した方が良さそうだ」
「分かった、気をつけよう」
先程使った魔術で何となく身体に魔素が集約する感覚は理解出来た。できる限り自分を律し、調整する術を身につけよう。
「じゃあ、ここらを整地するか。──メラ・ラピス」
アルテミシアは呆れた表情で整地を始める。低級魔術であっても、上手く使えばこういったことも可能である。
「すまない、僕も手伝おう」
その様子を見たレナは申し訳無さそうに手伝おうとするが、
「レナは良いよ、休んでて」
「……ありがとう」
リアはハンカチでレナの血を拭ってあげる。
その様子を見るルミナとリゼはヒソヒソと楽しそうに会話していた。
「なっ、なによ!! ルミナ達も手伝ってよ!!」
頬を染めながらも、鋭く二人を睨むリアから目をそらすように、
「「はーい、手伝いまーす」」
こんなくだらないやり取りさえも、リアとルミナには悪くない一時だった。
クラリアスである二人が今のように笑えているのは、リゼ、レナ、アルテミシア、そしてネイトのおかげである。
願わくば、こんな日常が一日でも長く続いて欲しい。
三人がかりで整地したこともあり、比較的すぐに作業は終わった。
先程の雷撃については、レナが魔術に失敗したとネイトに伝えたところ、呆れた表情をされたことは言うまでもない。




