第三章 14 『救済』
レナは遥か上空を不規則に飛びまわる漆黒のドラゴンを見据え、剣を構える。
その様子をイリス達は見ていた。
リア達は一ヶ月の間レナと共に戦い抜いてきたわけだが、レナは近接特化である。
アウラと契約し、魔術が使えるようになったからと言って、この距離の先にある標的をピンポイントで攻撃するのは不可能だろう。
対空特化である準神級精霊でないとまともに相手ができない程の相手、最大強度の魔術でも歯がたたないかもしれない。
レナは剣を握り祈るように目を閉じる。
剣身に力が収束する感覚。
今までの感覚とはまるで違った。
何故それができるのか自分でも分からないくらいに、ごく自然に、当たり前のようにできたのだ。
そして、その力が最大に達したと感じた時、溢れそうな水をギリギリで止めるように。
周囲の音が消えるほどに集中していた。否、それは感覚の話にとどまらない。精霊を含む全ての存在が、この光景を前に口を噤んでいた。
レナは目を見開きその静寂を打ち破るように、
『──────』
詠唱する。
それは確かに異能の詠唱。
その言葉を誰も理解できなかった。
音としては認識できた。
耳に入る情報さえすぐに抜け落ちていくような不思議な感覚。
リアはその感覚に覚えがあった。
それは神樹麓の大空洞で人の形をした黒影が発した発音に酷似していたのだ。
束の間、レナは剣を振るう。
収束した力は剣尖が終点に達する寸前に爆発的に解放された。
その力は巨大な光の斬撃として放たれたのだ。
──シャリン、不思議な音を奏で斬撃は走る。
巨大な力の塊が放たれたとは思えない程に静寂が満ちていた。
直後、レナの握っていた剣は跡形もなく完全に消滅する。
放たれた斬撃は、風魔術、光魔術どれをとるよりも遥かに高速に対象のドラゴンへ到達した。
斬撃に触れた箇所から、ドラゴンは塵となり昇華していく。
その光景を涙を流して見守る精霊が一人。
契約者に裏切られ、自我を失い契約者を喰らい、悲痛の中暴れ回り、あまつさえ右翼を酷く損傷させられなお生きながらえ、自らの故郷を灰に変えようと突き動かされる地獄の様な末路。
──その苦しみをたった一瞬で浄化するような一撃。
悲しいに決まっている。
それでもこの一撃は、精霊の少女にも、少女の中に眠るもう一人のこの子にも、空を飛び回るあの子にとっても、救いの様な一撃だった。
アルテミシアはその様子を見て驚愕していた。
「あれは……まさか……オルタアルカナム……」
「オルタアルカナム? 一体あれはなんなんですか? あんなのおかしいですよ、一体何がどうなってっ……」
その言葉を耳にしたリゼはすかさずに尋ねた。
何一つ理解が追いつかなかったのだ。
今までのレナは確かに異常だった。
それでも今見た光景は異常では片付けられない現象だ。それをかつて見にしたリアを除き、混乱するのも仕方がない。
「オルタアルカナムとは今は亡き失われた力のことを指す。その内容の多くはレリックによるものが多いが、ヒトの身でその力を使いこなす者がいる、という噂は聞いた事がある。私とて目にするのは初めてだ。あれがオルタアルカナムであるかさえ正直わからない」
「レナ……君は一体何者なんだ……」
イリスはレナの背中を見て呟く。
だが、それ以上何も言わなかった。アウラがレナと半ば強引に契約した理由が、分かった気がしたからだ。
レナは漆黒のドラゴンが昇華する様を最後まで見ていると、後ろから精霊の少女が駆けて来る。
そして、レナに勢いよく抱きついた。
「……ありがとう……本当にありがとう」
目元を赤くした少女は力いっぱいに抱きついていた。手の震えはもう治まったようで、ほっとした。
「すまない……君の大切な人を僕が終わらせてしまった。その贖罪にも、せめて名前を教えてくれないだろうか。世界を守らんとする勇敢な精霊の名を」
「そんなことない……そんなことないよ……あの子はレムゾルディア、この子はルドレイヴ。みんな、レナに救われたんだよ。私だってそう、本当にありがとう」
シャナはそう言い、レナからパッと離れると軽く口元に接吻する。
そして、黄金の瞳はリアを捉えるといたずらに笑みをこぼし姿を消した。
「なっ……」
リアは不意をつかれたように言葉をもらす。
「準神級精霊から口づけか。精霊たらしだな君は。シャナの自由行動の幅が広まりそうだよ」
イリスは諦めたようにそんなことを言う。
自由行動の幅が広まるとはどういうことだろうか。
シャナのことはきっとイリスが一番知っている、なにか悪いことしてしまったようだ。
「申し訳ない……」
「何を謝っているんだ、シャナだけでない。レナはこのエリュカティアの地を救ったのだ。むしろ礼を言わせてくれ。ありがとう」
「私からも例を言おう、ありがとう。これからも同じアストルムのガーディアンとして、よろしく頼む」
アルテミシアも丁寧に一礼した。
「僕の方こそ色々お世話になった、本当にありがとう」
こうしてレナ達のアルティセラ大森林への旅は終わりを遂げた。
◆◆◆◆◆
その頃、エリュカティアに存在する大きな湖の中心にそびえ立つ精霊樹の中で少女が一人。
精霊樹の中は、自然とは隔離されたような不思議な空間があった。純白の広い空間に、純白の長い髪、白い肌、儚くも美しい薄紫色の瞳が二つ。
「あの少年レナって言うんだ。グィネヴィアが言ってたのってあの少年のこと?」
「……そうだけれど違う? なにそれ意味わからない」
「こっちの話ってなに、ちゃんと分かるように説明してよー」
「気になるから、私も少し会ってみたいかも」
「向こうから来てくれるから大丈夫? 本当に言ってる? 何百年もの間誰もここには来れなかった。いくらちょっと特別だからってさ」
「……ふーん? やけに真剣じゃん。そこまで言うなら賭けよっか、もし、レナが来たらグィネヴィアの勝ちで良いよ。何か一つお願い聞いてあげる。その逆だったら……今まで通りかなぁ……」
「もうここにいるのも飽きたよ……少しくらい私も希望がもてたらな」
少女は楽しそうに一人で会話していた。
自分自身の存在と。
気が遠くなるほど長い間、少女は精霊樹から出ることも叶わず生き続けていた。
ゆさです。
第三章 『アルティセラ大森林』はこれにて終了です。
お読み頂きありがとうございました。
次回より、第四章 開始となります。
よろしくお願いします。




