第三章 10 『精霊契約』
静寂の中、レナはイリスの言葉を待ちわびていた。
アルテミシア達もその様子を真剣に眺める。
「ほう、良いところに気がつくね。魔法を行使している者が精霊を認識しうるたった一つの方法、それは『精霊契約』によるものだ。無論、魔法を行使する者が精霊契約をすることは不可能だ。この場合は精霊契約をした精霊のことを指す。契約をした精霊は、ある程度魔力を持つものであれば誰でも認識することが可能となる。なぜ精霊契約により精霊が誰からも認識できるかについては、精霊契約について語る必要がある。精霊契約は、契約者の血と精霊のアルマをお互いに少しずつ譲渡することで完了する。アルマとは存在そのものが曖昧ではあるが、明確な特徴が一つある。それは、空間の魔素に干渉し自らの力として利用することができるということ。つまり、契約者は精霊を介して、空間の魔素を利用することが可能となり、精霊は契約者の血により契約者を依代とし表に出た時には認識できる存在となる。もっとも、認識できると言っても本質的に完璧な実態がある訳では無い。契約者を依代に姿を消すことも可能だ。また、表に出てきたからと言って、著しく魔力の低い者には認識できない」
リゼとリアは難しい表情をしていた。
ついてくるのがやっとのようだ。曖昧かつ情報量が多いが故に仕方ない。
アルテミシアは精霊について詳しいため言うまでもないが、ルミナはこう言った感覚的な話はすぐに理解で来てしまうようだ。
「……その精霊契約が僕の抱えてる問題解決の手立てになったりするのだろうか?」
レナは考えていた。
現にレナは精霊を認識出来ない。
それは、魔力を通してものを見る機能が欠落しているからと言う。だとすれば、契約者したとしても、魔力が著しく低い者が精霊を認識できないように、レナ自身も認識できないのでは無いかと。
「その通りだよ。少し腑に落ちない表情をしているね。では答えよう、その答えは私の持つ魔眼だ」
「魔眼……」
「そう、魔眼は魔力によって瞳が変質したものと言ったね。つまり、魔眼であれば例外なく精霊を認識することは可能だ」
「だが……魔眼と言っても、どうやって……」
「魔眼を開花させる方法は二つ存在する。一つは、自らの魔力によって開花させる方法。だが、これは極稀だ。そう生まれるべくして生まれた者が開花させるのだろう。二つは、精霊契約によって開花させる方法。私の魔眼がまさにそれだ。無論、魔眼持ちの精霊と契約する必要があるがね。魔眼を持つ精霊は人型精霊に分類されるため、最低でも最高位精霊以上の精霊と契約することになる」
「ちょっと待ってくれ、最高位精霊がどれほどのものか分からないが、僕はそもそも精霊契約をできるのか?」
精霊契約によりレナの抱える問題が解決出来ることは分かった。が、それが可能であるかはまた別の話である。
「精霊の階級は、四大精霊、神級精霊、準神級精霊、最高位精霊、上級精霊、下級精霊、契約は出来ないがその下に素精霊が存在する。そして、レナが精霊契約できるかについてだが、間違いなく可能だと思う。ただし、精霊を目で認識できない以上、別の手段をとる必要がある」
「別の手段か、そう言えば視覚の話をしていたが、聴覚はどうなるんだ? 精霊の声も僕は聞いたことがない」
「そうだったね。なぜ視覚の話を一番にしたかと言うと、一番重要な意味を持つからだ。聴覚についてだが、精霊との会話は交互の認識により初めて成立する。もっと詳しく言うと、認識している側は対象の声を聞くことが出来るが、認識していない側は対象の声を聞くことができない。レナが無意識に精霊の力を行使できたのはこれが原因の一端だ」
「なるほど、理解した。話を逸らして申し訳ない。別の手段とは一体どのようなものがあるのだろうか」
「一番現実的なのは、私達のような精霊使いがレナと精霊の契約の手伝いをすることだな。今までに見た事のない精霊契約になるが、レナほど精霊に好かれている存在であれば引く手数多だろう。問題はその精霊が魔眼持ちである必要があると言うことだ。準神級以上の精霊は当たり前に魔眼を持っているが……」
そこでイリスは少し言い淀む。
準神級精霊との契約について、何か事情あるのだろう。
「精霊契約において、契約と言うからには当然守らねばならない決まりがある。その中でも、全精霊において共通する決まりは、世界の破壊行為を禁ずること。仮に、精霊の力により悪意を持ち世界の破壊に加担した場合、契約者は咎人となり精霊は消滅する。問題はその守らねばならない決まりについてだ。高位の精霊であればあるほど、契約の内容が厳しいものになる場合が多い。それは大きな力を持っているが故に、悪用された場合の被害も当然大きくなることに起因する。例えば、私は二人の準神級精霊と契約している。そしてこの魔眼も契約精霊達により開眼している。精霊の名は、ドライアドとシャナ。ドライアドは共通する契約内容の他に、私がアルティセラ大森林の外に出ることを禁ずる決まりがある。シャナは少し変わった子でね、共通する契約内容の他に、好きな時に自由に動かせて欲しいというなんとも不確定な決まりをとりつけられた」
好きな時に自由に動かせて欲しいとはもはや契約と呼べるのか……と思ったが色々事情があるのだろう。
だか、そんな契約内容を聞いて、少し疑問に思った点があった。
「とりつけられた、という話を聞くに、契約内容は精霊側が提示するのか?」
「その通り。契約者が断ればそこで話は終わりだ」
「そう言った諸々の事情を考慮した上で、レナに合った精霊を探す必要があるのだが、相当に難易度が高くてな……」
イリスは初めて顔を曇らせる。
聞いてた話からしても正直見つかると思えない。
イリスによる精霊についての詳しい説明が終わり、場は静まり返る。
レナの抱える問題についての解決策は分かったものの、実現出来るかはまた別の話である。
「ま、まあ、原因は分かったわけだし、気長に精霊を探すとしよう。
レナの声は精霊達に届いているわけだから、適任がいれば精霊から寄ってくるだろう」
アルテミシアは場を和ませる為にそんなことを言う。
アルテミシア自身、準神級精霊が寄ってくるなどあるわけが無いと知っていながら。
刹那、風が吹いた。
この場所に来る時に感じた心地よい風が。
完全な密室でないとはいえ、このような風が室内に吹くはずが無かった。
吹いた風はその存在を示すように。
レナが認識できるはずのない少女が一人。
そこに立っていたのだ。




