第三章 7 『自然の中で』
リア達は、そこそこ広い部屋にいた。
エリュカティアの建物は基本的に木や葉、獣の皮など自然にあるもので造られており、一見すると自然に馴染んだ外観に見えるが、中はかなり機能的である。
大木をそのまま住居として利用しているのを見ると、アルティセラ大森林が常に形を変えることと関係がありそうだ。
大きな円卓の上に、とある女性のエルフによってたくさんの料理が運ばれる。
そのエルフはアルテミシアの面影があった。
この建物に入た時も無言でこちらに一礼するのみだった。
アルテミシア達を見て、心做しか嬉しそうにしているようにもみえる。
「なかなか帰って来れなくてごめんね。ありがとう、お母さん」
アルテミシアは母に笑顔で答える。
不思議そうにその様子を見るリア達の方を向くと、はっと気づいたように、
「私の母、ミリゼシア・クローリスだ。私が幼い頃に喉をやられて声を失った。とても綺麗な声をしていてね、ミリゼシアの歌声と言ったらエリュカティアで知らぬ者はいなかったよ。私も母の喉を治療できる者を探しているのだが、なかなか見つからなくてね。もしあてがあれば、君達にも教えて欲しい」
アルテミシアは悲しげな表情で言う。
もしかすると、アルテミシアがガーディアンを志した理由に関係するのだろうか。
「もちろんです!! 私もミリゼシアさんの歌声聞きたいです!!」
リゼは全力で肯定する。
アルテミシアが悲しげな表情を見せて少しでも力になりたかったのだろう。その気持ちはリア達も同じである。
「ありがとう。ちなみに父は今狩りに行っている。たくさん食べてくれ。凝った料理ではないが素材が良い故、きっと気に入るだろう」
透き通った色鮮やかな野菜、大きめにカットされた肉はリセレンテシアではどんな一級の料理人が焼いても到達出来ない程美しい焼き色に仕上がっていた。
素材が新鮮で良く、さらにはいかにエルフとして長い間単純で繊細な料理工程をこなしてきたのが分かる。
「なに……これっ……!!」
リアは頬を押さえる。
ほっぺたが落ちるとはこのことだろうか、昔の人は本当に的確な表現をするものだと感心した。
「……うわぁ………ぁあ。」
ルミナはとろけるような顔をする。
リゼの料理は確かに絶品だ。だが、この領域にはない。それはリゼの腕前が原因ではなく、真に食材の差である。
リゼ達も幸せそうな顔をしながら頬張る。きっと疲労が溜まってたことも相乗効果として働きかけているのだろう。
そんな様子をミリゼシアは幸せそうな顔で見ていた。
自ら手がけた料理を、娘とその仲間達がここまで美味しそうに食べてくれているのだ、嬉しいに決まっている。
その後もリア達は料理が完全に無くなるまで食べ続けた。
かなりのボリュームだった。
「お腹いっぱい、美味しかったー!! ミリゼシアさんごちそうさまでした!!」
リゼは満面の笑みで言うと、ミリゼシアも笑顔でこくりと頷く。
「本来の目的であるレナのことなんだが、イリス様に改めて見てもらおうと思っている。しかし、もう日も落ちてるし明日にしよう。風呂があるので入ってくると良い」
その言葉を聞いてリアはピクリと眉が動く。
「そうだな、レナはどうするかな。女みたいな顔してるし一緒に入るか?」
アルテミシアはいたずらな表情でそんなことを言う。
リアの顔には汗が滲んでいた。
そんな馬鹿なことがあってたまるものか、冗談だ、当たり前に冗談に決まっている。
束の間、真っ先に発言したのはルミナだった。
「何言ってんのさ!! 男女が一緒にお風呂に入るなんてっ!!」
顔を真っ赤を染めたルミナが叫ぶ。
「ルミナは面白いな。もちろん冗談に決まっているだろう。エルフに混浴なんて風習は無いので安心したまえ」
アルテミシアは面白いものを見るように答える。
エルフは高潔な種族である。アルテミシアが特殊なだけで、混浴なんてありえない話なのだ。
若干二名その冗談が通じなかったクラリアスがいたようだが。
◇◇◇◇◇◇◇
レナは自然に囲まれたお風呂の前にいた。
川の水を利用して常にお湯が生成されている。精霊の力だろうか。
「それにしてもかなり離れた場所だなこれは……」
レナは男風呂に移動してきたわけだが、その距離はかなりのものだった。
覗きなんてしようと思っても物理的に不可能な距離である。
しかし、風呂上がりに自然の空気に当たりながら帰れるのは良さそうだ。
シャワーは無いが、似たような構造のものはあった為いつも通りの感覚で利用できそうだ。
体を洗い、浴槽の方へ進む。
浴槽は岩盤で作られており、概ねアストルムの露天風呂に近かった。
だが、一つの人影がみえたのだ。
その正体は、後ろからでもその特徴的な耳でエルフであることは分かった。
共通の風呂である。誰かいることもあるだろう。
レナは気にせず少しスペースを空け湯に浸かる。
「はぁ………」
戦いの中レナはずっと見学だったため、実の所そこまで疲労は溜まってないが気持ち良いものは気持ちが良い。
すると、隣のエルフが目を泳がせながら声をかけてくる。
「ちょっ、ちょっと君。入る風呂を間違えていないかっ。見たところエルフでは無いからおそらく客人なのだろう。ちゃんと聞いてここに来ているのか?」
視線がこちらに向かない。なぜだ。
「男風呂はここだと聞いたが?」
レナの声を聞くとそのエルフはピタリと止まり、レナの方を向く。
そして、訝しげにもその視線はレナの下半身に向く。
「君男だったのか。すまん、間違えた」
「問題ない」
「ところで見ない顔だね。誰かに招かれたのかな?」
「僕はレナ。訳あってアルテミシアに招かれてこの地に足を踏み入れた」
「ア、ア、アルテミシア?! 帰ってきてるのかね!?」
その男はばしゃりと音を立て立ち上がる。
レナの顔に飛沫が飛ぶ。
頭上付近には綺麗な色をしたアレがあった。正直気分の良いものでは無い。
「おっと、すまない。取り乱してしまった。私はエルガレフ・クローリス。アルテミシアの父だよ」
その言葉を聞いてレナは目を見開く。
そういう事か、取り乱すのも無理はない。
「アルテミシアの父上か。先程ミリゼシアさんから料理を頂いた。とても美味だった、ありがとう」
「君はなんだが見た目の割に変わった喋り方をするね。だが、実に誠実で気持ちが良い。だが、アルテミシアはやらんぞ」
「は、はぁ……魅力的ではあるが、僕には釣り合わない、遠慮しておこう」
レナは圧倒される。そして、レナの言葉を聞いて喜んでいる。
どうやらこのエルガレフという男、相当な親バカらしい。刺激しない方が良かろう。
「では、家へ帰ろうか。私は一刻でも早くアルテミシアに会いたい!!」
「ああ」
話さずともアルテミシアとエルガレフの関係性が垣間見えた気がした。
少し家に帰るのが楽しみだ。
レナとエルガレフは改めて身体を流すと、外に出ていくのだった。




