第三章 5 『道半ば』
早朝に出立したリア達はリセレンテシア郊外にいた。
リセレンテシアはゼノンさえ発生しなければ基本的に安全なため、足止めを食らうことなくスムーズに進むことができたのだ。
リセレンテシアほど整備された道は存在しないものの、フェルズガレアの中ではあまり見ないような大自然がそこにはあった。
「リセレンテシア郊外の南ってこんなふうになってたんだ」
リアは辺りを見渡す。
アストルムも自然の中に存在するが、これほど豊かではない。
「私達が今いる土地はアルトセラスと呼ばれている。自然豊かな上に人々もあまり住まない為、あまりガーディガンとしての任務で来ることはないだろうな」
「何故こんなに豊かな自然があるのに誰も住まないんだろう」
「理由は二つある。一つ、古来からこの土地を精霊達が気に入っていると言うこと。私達エルフのように自然と共生できる種族は別として、ヒトは住みやすい環境を求めて自然を破壊する。だが、この土地に住む精霊はそれを良しとしない。二つ、ヒトが住みやすい環境でない、そして自然が豊かな自然となれば……」
アルテミシアは特徴的な耳をピクリとさせると、大きな草陰の方を見る。すると、大きな猪のような獣が姿を現した。否、ただの獣では無い。
紅く光る双眸はこちらを穿つようにこちらを睨むと、大きな足音を立てこちらへ猛突進する。僅かに開いた口からは炎が漏れだしていた。
「あれはっ……魔獣?!」
リゼは驚きの声を上げる。
それもそのはず、探索で時々見かける魔獣とは体格がまるで違うのだ。
自然豊かな地で育った魔獣は健やかに育つらしい。
「それはフレイムヴェインと言う魔獣、君達にはちょうど良い手慣らしになりそうだ。さあ、君達の出番だ。私に実力を見せてくれ」
アルテミシアはニヤリと呼びかけると一歩下がる。
近接戦闘を得意とするレナは前へ出ようとするが、アルテミシアは「レナ、君は見学だ」と、レナの首根っこを掴み自らの側へ立たせる。
「どうしてだ?」
「どうしてもこうもあるものか、レナが行使する力の話はしただろう。この土地ではリセレンテシアとは比にならない程の精霊が存在する。危険だと言っただろう、精霊の力を行使しない戦いができるなら話は別だが、自覚できてないんだろう?」
レナは「……ああ」と、少し落ち込み気味に肯定した。
「心配するな、何かあれば私が何とかする」
アルテミシアはレナの背中を軽く叩く。
近くにいることで気づいたが、不思議と安心感があった。
それは、アルテミシアの強さに所以するのか、精霊使いという存在がレナにとって特別な影響を及ぼしているのか、定かではないが心が安らいだ。
その間、突進するフレイムヴェインはリア達の目前まで迫っていた。
「──リアッ!!」
ルミナが呼びかけるとリアはラクリマを顕現し、自らの数倍はある魔獣の突進を受け止めた。
激しい衝突により刀身から光の粒子は散り、幻想的な衝突音を奏でる。
衝突するフレイムヴェインの牙は赤く発光し、とてつもない熱気を放っていた。並の剣であれば溶けているだろう。
それでも、リアのラクリマは完全に猛攻を受け止めていた。
だが、足場が良くない。
リアは猛進しようとするフレイムヴェインに──ザザザーッ、と徐々に押し出される。
その様子を見たリゼは思った。
リアとフレイムヴェインの力は一点に集中している。
であれば、バランスを崩してしまえば良いのだ。
「──メラ・ラピス!!」
すると、フレイムヴェインの右足の下から小さく地盤が隆起する。
フレイムヴェインはバランスを崩し、左へ半回転して転倒する。
そして、ルミナはそれを待ってたかのように、
「──ノア・エレクトル」
転倒したフレイムヴェインを追撃するかのように頭上から雷撃が落ちる。その毛皮は所々黒焦げているが、まだ動こうとしていた。
リアはフレイムヴェインが動き出す前に、とどめを刺すべく走り出す。
「はぁああああああ!!!」
──シャリンッ。
幻想的な音と共に、ラクリマは剣尖で円月を描くように。
フレイムヴェインの下腹部から尾にかけて、綺麗に両断した。
両断された身体はゆっくりと消滅していく。
これこそ魔獣足る所以である。
心ある生物は死んだ時に消滅する。
だが、故に魔獣には心があると判断できるほど単純ではない。
心無くしても異能の類を使うものはいる。
例えばゼノン。そして魔獣もそれらに区分されると考えられる。
また、単純にその存在を構築する魔力の割合が関係すると言う説もある。
ヒトのように心を持たずしても、身体を構築するものが多くの魔力であれば、魔力に干渉させて現象を引き起こす必要が無いからである。
端的に言うと、魔力によって現象を引き起こす道具に近いイメージだろうか。それは、純粋な魔力で構築された精霊が不滅の存在であることとも関係がありそうだ。
「君達なかなかやるじゃないか。さすがアストルムの生き残りだ。特にリアの胆力が良い。あの一撃を受けるか避けるかで戦況は大きく変わっていただろう。リゼの起点も素晴らしい、最小限の魔力消費で狙い通りの状況へと誘導させた。敵を一体倒したら終わりではないからな。そう言った工夫はなかなかできるものでは無い。そしてルミナ、君はまるで才能の塊だな。恐らく君が使える異能は他にもたくさんあるのだろう。ファースト階級のガーディアンにおいて、自ら起こしたい事象を異能で柔軟に再現できる者は数人しか知らない。その感性を大事にするんだ」
アルテミシアは感心したように述べる。
褒められて三人とも満更ではない表情をしていた。特にリゼは口元が緩みっぱなしである。
その後も同じような魔獣に何度か遭遇し、その度に激しい戦闘を強いられた。アルテミシアは鍛えてやると言っていたが、本当に鍛えられそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「さあ、そろそろアルティセラ大森林に……」
戦闘を歩くアルテミシアは言いかける。
すると、右斜め上空から小型のドラゴンがこちらに向かって飛んでくる。小型と言ってもそれはドラゴンと比較した場合の話であり、先程のフレイムヴェインの二倍はある。
「ウェルドノーツか……珍しい魔獣が出たものだ。コイツは消耗している君達にはきつかろう、私が仕留める」
ウェルドノーツは少し下がると、口から炎を吐きながら加速して突撃してくる。
「随分と可愛いブレスだな。」
アルテミシアはニヤリと口角をあげ、強く一歩踏み出すと、
『「──ゼラ・ウェントゥス。」』
その詠唱は二重に重なって聞こえた。
無論、片方はアルテミシアの声では無い。
アルテミシアの前方に放たれた大きな竜巻はウェルドノーツの炎をかき消し衝突する。
拡散した風は鎌鼬へと形状を変え、再びウェルドノーツを襲った。
羽を裂かれ、足は枝のように折れ、地に落ちる頃には肉体は消滅する。
完全な一撃である。
ゼラとは基本魔術から外れた強度である。
だが、その威力はゼラと言う名称を遥かに超えていた。
二重に聞こえた声がなにか関係しているのだろうか。
「さ、この先がアルティセラ大森林だ」
息一つ乱さないアルテミシアは笑顔でリア達の方を振り返る。
これがファーストとアイズの隔たり。
実力だけをとってもまるで別次元だと、そう思わざるを得なかった。




