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クラリアスノート  作者: ゆさ
第八章 『勇者』
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第八章 12 『ノクトフレイズ』


挿絵(By みてみん)




 レナ達は、ひたすら広い砂漠を進んでいた。目的地は見えず、景色はどこまでも同じ。


 ただ、変わったことといえば──


「おかしい……結界が不安定だ……」


 先ほどまで余裕だったアルテミシアの表情が、わずかに曇る。


「うむ、僅かじゃが、魔力が拡散しておる……ラピスのテリトリーに一歩、足を踏み入れたようじゃ」


「方角、わかりそうか?」


「手探りにはなるが、やるしかなかろう」


 アウラは短く答え、砂に指を沈めて集中する。指示に合わせ、方角を少しずつ補正して進む。


 日が暮れるまで歩き続けた──が、見える景色も、身体を包む熱と乾きも、何一つ変わらない。


 ──夜。地属性の魔法で簡易キャンプを組んで休む。砂が締まって床になり、低い壁が風を断つ。


「そんなに簡単に辿り着くとは思っていなかったが、目的地が不明っていうのは少々辛いものがあるな……」


 アルテミシアは珍しく弱音を吐いた。


「アウラ、どう思う?」


「うむ……思った以上にラピスのテリトリーは広いようじゃな。魔力の拡散具合も変わらん。困ったものじゃ」


「そういえば、サンデラノトスに簡易拠点はないの?」


 リアが思い出したように言う。アルトセラスには第三拠点まであって、リグモレスへ入るときに世話になったのだ。


「結論から言うと、あったが、今はない」


 アルテミシアはきっぱり答える。


「正確には、第三簡易拠点は一応稼働中だ。だか、第一、第二簡易拠点は維持コストがかかりすぎて放棄された」


「そうなんだ……確かに、食料も物資も調達が難しいもんね……」


 会話が細くなる。焚き火の代わりの魔晶灯が、砂の粒に橙の光を散らす。


 ルミナがひらめいたように顔を上げた。


「砂嵐がなければ、探索が楽になったりする?」


「うむ。魔力阻害はあくまでラピスの力じゃ。砂が無ければただの風。風であれば、わしの“領分”よ。なんとかなるじゃろう。……まあ、そんな単純で済むなら、じゃが」


「にしし……良いこと思いついたんだよね」


 いたずらっぽい笑みを向けるルミナに、四人の視線が集まる。


「探索する範囲、一帯をぜんぶ水浸しにしちゃえば? それでもダメなら、氷漬け」


「一帯を水浸しって……」


 子どもじみた案に呆れかけて、誰も言い切れない。──それを実行できる者が、この場に一人いるからだ。


「レナ、できるでしょ?」


「最大強度の水魔術、だよな……やれなくはないが、責任は取らないぞ……」


 最大強度の魔法自体、通常行使する場面など稀である。わずかな魔力の乱れが暴発につながる。特にレナの体質上、一度やらかしかけたことがある。


「まあ、わしもおる。やりすぎても、この土地なら大事にはならんじゃろ」


「じゃ、決定ね!!」


 そんなこんなで、とんでも大作戦が決行されることになった。




◇◇◇◇◇◇◇




 翌早朝。軽く腹を満たして外へ出ると、景色が微妙に違っていた。


「あれ……大きい砂丘の位置が変わってる……方向は記しておいたから分かるけど、これじゃ迷うわけだよ……」


 強い日差しに溶けそうなリアが、ため息をこぼす。


「さ、ではおねがいしまーす先生!!」


 ルミナは“魔力増強”と書かれた怪しい小瓶をちらつかせて笑う。


「了解……全力でいくぞ」


「──クエラ・アクア」


 レナの背後から、巨大な水塊がせり上がる。

 それは隊を避けて前方へなだれ込み、砂海を押し流した。まるで海が割れ、陸が飲み込まれていくような光景。


「──クエラ・ウェントス」


 アウラの風が水を巻き上げ、さらに高い波の壁をつくる。

 目の前は一面の水。誰も見たことのない景色だった。リセレンテシアで同じことをやれば、災害という言葉では足りないだろう。


 (フレアの時はかなり目立たないように気をつけてたけど……ラピスのテリトリーでこれ、平気か?)


 前方の砂丘は跡形もなく消えた。

 湿った砂は風で舞わず、これまで砂煙に隠れていた遠くまではっきり見える。


 ──そして、はっきり見えた先には、何もなかった。

 さらに遠い砂地が、ただ続いているだけ。建物らしき影はどこにもない。


「何も無いな……地の大精霊の地で、これを繰り返すのは、ちょっと気が引けるが……」


「繰り返すって、一体どんな魔力量してるんだ……」


 アルテミシアは呆れ顔で漏らす。付き合いはそれなりに長いのに、レナの底はいまだ知れない。


 そんなとき、辺りをふらふらしていたルミナが立ち止まった。


「これ、なんだろう?」


 つま先でトン、トンと地面を叩く。

 水に洗われた砂の下から、岩盤のようなものが顔を出していた。長年、砂と風に削られて滑らか──と言うには、どこか人工的な直線が混じっている。


 アウラが近づき、指でなぞるように触れる。


「……うむ。ラピスの残滓を感じるのう……いや、まさか…………」


「アウラ、どうした? 何かわかったのか?」



「……ああ、どうりで見つからないわけじゃ」


 アウラは風で周囲の砂をまとめて吹き飛ばし、露になった面を指さした。



「──ノクトフレイズは、この下にあるようじゃ」


 そう言い放つ。


 ──サンデラノトスの砂漠地帯、その下に。


 理想郷と呼ばれる場所が、砂に口を閉ざしたまま眠っているのだ。

 風が一瞬、止まった。遅れて、水の残響だけが、ゆっくりと砂へ沈んでいく。


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