第八章 11 『サンデラノトス』
立ち並ぶゴーレムの前に、レナ達は足を止めた。
ゴーレムが稼働している場面は、リセレンテシアでも稀に見かける。しかしそれらは、石を削り出したような巨大な人形という、いかにもな姿形だった。だが──今、目の前にあるものはまるで別物だった。
「……なんか、不気味だね。ゴーレムってこんな感じだっけ……」
ルミナは眉をひそめ、一歩だけ後ずさる。
人形であることには変わりない。だが、その四肢──いや、“足”は異様なまでに多く、節足動物のような分節と関節が生々しく動いている。外殻の光沢や細やかな溝は哺乳類の筋肉のようにも見え、その混ざり合った生物感が、妙な嫌悪感を引き起こす。ある種の層には確かに刺さるだろうが、普通の人間は本能的に距離を置きたくなる姿だった。
「これが動くのか……動力源は?」
レナは一歩踏み出し、表面を指で軽く叩く。見た目も異質だが、何より気になるのは、その動きの仕組みだった。
「動力源は魔石だ。ゴーレムには“コア”があってな、そこに魔石を嵌め込めば動き出す」
「魔石……結界魔晶石みたいなものか?」
「結界魔晶石ほど高価じゃないが、似たようなものだな。ただし必須ではない。コアに魔力を安定して送り込めればいい」
「……なるほど、オレの役割を理解したよ」
レナは納得しつつも、横目でアルテミシアを見た。先ほどからの微妙な表情の理由が腑に落ちる。移動中、レナは魔力を安定供給し続けなければならないのだ。
「すまないな。負担をかけるが頼む」
「問題ない。リア達もいるしな」
リアが任せてっと不敵に笑う。
こうして一行は準備を整え、翌朝には出発することになった。
◇◇◇◇◇◇◇
サンデラノトスの砂漠。
空気は熱と乾きで歪み、視界の遠くには揺れる地平線。
見た目こそ異形のゴーレムだが、その多脚は砂丘を音もなく這い登り、風紋を壊しながら滑らかに進んでいく。もし自力で歩いていたら、体力はあっという間に削り取られていただろう。まして、ここでは定期的に砂嵐が吹き荒れる。生身で浴びれば、肌は切り裂かれ、目は開けられなくなるほどの暴力的な砂粒だ。
レナはゴーレムのコアに魔力を流し続ける。アルテミシアは簡易結界で風と砂を防ぎ、アウラは魔力探知で目的地ノクトブレイズの位置を探る。リアとルミナは周囲を警戒。
「アウラ、ノクトブレイズの方向分かりそうか?」
「……うむ。現段階ではまだ見えぬな。今吹いている砂嵐は魔力探知を妨げぬが、距離が離れすぎておる。魔力探知を阻害する領域に入ってからが本番じゃ」
「なるほど……アウレオの魔導具があるから帰れる安心感はあるけれど……もう今どこ歩いてるか分からない。これは迷って干からびる人も出るわけだ……」
見渡しても、広がるのは砂と陽炎だけ。
アウレオの魔導具を捨てればアストルムヘ転移することはかのうだが、それが無ければ完全に詰みだ。
「不幸中の幸いっていうか、魔獣はいないんだね」
リアの言葉にルミナが目を細める。
「……リア……そういうことは言わない方が良いって、だいたい相場が──」
そこでルミナの視線が遠くに固定される。
蜃気楼の奥で、砂が不規則に隆起し、波打っている。
その規模は……遠目にも常軌を逸していた。
「……あー…………言わんこっちゃない」
「うわああああ!! なにこれ!?」
ボコボコと地面が膨れ上がり、その中心から砂を割って突き出す巨大な頭部──
長大なミミズのような怪物が、咆哮にも似た音と共に飛び出した。砂塵を巻き上げ、巨大な身体が一直線に突進してくる。
「──グラド・エレクタス!!」
ルミナが即座にプラズマの壁を生成する。轟音とともに、赤紫の閃光が砂嵐の中に走る。
“ジリッ!!” 金属を焼くような音。しかし怪物の皮膚は焦げ跡ひとつなく、衝撃だけで弾かれた。
次の瞬間、奴は再び砂中に潜り、別の位置から飛び出す。
開いた口内にはびっしりと鋭利な歯が並び、それが高速で振動しているのが見えた。
「──何かわからないけれどやばいよアレ?!」
「『──ディア・アムレート!!』」
アルテミシアが正十二面体の結界を生成。その外縁が光を反射して砂粒を弾く。同時に、リアはラクリマを握り、深く息を吸う。雷は効かない──ならば自分の出番だ。
巨体が結界に衝突。歯列が結界を削るようにジリジリと侵食する。
結界越しにも衝撃と振動が全身を貫く。
「──こいつ……とんでもない力だ」
アルテミシアが汗をにじませながら耐える中、リアは意識を一点に集中させた。
ラクリマの輝きが増し、その形は神々しい光の大槍にはならず──純粋な光の奔流だけが凝縮されていく。
「──パーシヴァル!」
叫びと同時に、光は結界内の怪物の口腔を貫き、背へ、そして外皮を突き破るまで一直線に走り抜けた。
轟音とともに、巨体が砂上に引きずり出され、爆発的な砂煙が周囲を包む。
「リア、大丈夫?」
「うん、意識もしっかりしてる。今のはちゃんと制御できてたと思う」
「そっか……よかった。にしてもコイツ……デカすぎる……」
横たわる怪物は、全長50メートルはある。
その存在感は、死してなお圧倒的だった。
「アウラ、コイツ……まさか地中に何体もいるなんてこと、ないよな?」
「……可能性がゼロ、とは言いきれないが、低いじゃろう。こヤツらもおそらくは魔獣の一種。食料が無ければ、生きて行けぬ。おそらくは、日中彷徨った人々を糧として生きていたのだろう。そう多くは生存出来ぬよ。先程の大きな個体が生き残りと考えるのが妥当じゃ」
「……なるほど。少しは気が楽になった」
安堵の息が砂に溶け、ゴーレムは再び砂塵を巻き上げて進み出す。
振動が足元から腹へと響き、怪物の残像を置き去りにしながら、一行は次の目的地へと向かっていった。




