第八章 9 『北の富豪』
アストルム特別部隊に編成されたレナ達4人は、リルデクライム地方のサンデラノトスを目指していた。
南のアルトセラス、西のエルドグランには既に訪れたことがあり、東のカルドハイラルは容易には立ち入れない特殊な土地であるため、自然と北のリルデクライムが目的地となった。
また、サンデラノトスを選んだもう一つの理由は、ノームに会うという目的があったからだ。
「アウラ、ノームはどこにいるんだ? サンデラノトスは砂漠地帯だと聞いているが、人が暮らせるような場所なのか?」
レナが尋ねると、アウラは穏やかな表情で説明を始めた。
「フレイムグラスにラガルトセルクがあるように、サンデラノトスにも人が安全に住める場所は存在する。それがノクトフレイズじゃ。サンデラノトスは頻繁に猛烈な砂嵐が吹き荒れるため、本来はとても人が住める環境ではないが、ノクトフレイズだけは特別じゃ。ある超がつくほどの富豪が、その地域を一から作り上げてしまったのじゃよ」
「地域を作り上げたって?」
レナは驚いて聞き返した。
「そうじゃ。ノクトフレイズは、広大なサンデラノトスの土地の中で唯一、砂嵐すら完全に遮断された人工の楽園として知られておる。あくまでも噂に過ぎぬが、そこでは一切砂嵐が起こらぬという話じゃ。もし事実であれば、必然的にノームもそのノクトフレイズにおるはずじゃ」
「確かに……いくら富豪とはいえ、自然災害すら封じ込めるとは信じがたい」
「でも、その富豪ってどうしてわざわざそんな砂漠地帯に人工の楽園を作ったんだろう?」
ルミナが不思議そうに問いかける。
「うむ。これは推測にはなるが、価値というものには様々な考え方があってのう。そのひとつの根源的な考え方に、"人目にふれぬほど価値が高い"といった思想がある。それは、黄金属性から来る考え方じゃ。その為に独自の王国とも呼べる楽園を創ったのかもしれぬな」
アウラは静かに語り終えるが、レナたちは再び驚きを隠せなかった。
「つまり、自分だけの理想郷を作ったというわけか。それにしても、個人の力でそこまでできるものなのか……」
レナが感心するように呟く。
「間違いなく"常人"ではないじゃろうな。長く生きているわしでさえ正確な情報は知らんのじゃ。だが、今回の我々の旅と無関係とは思えん。会う必要は大いにあるじゃろうな」
「七神の化身の可能性があるということか?」
レナの問いにアウラは慎重に頷いた。
「ああ。唯一無限の価値を持つ黄金属性の神器、クリュセリオン。その記録には『曰く、黄金属性でありながら、唯一無限の価値を有する神器クリュセリオン。人目に触れた時、朽ちることなく、見た者の価値を奪い去る』と記されている。通常の黄金属性とは異なり、見る者の能力を奪うという恐るべき特性を持つ神器じゃ」
唯一無限の価値を有する黄金属性の神器。
黄金属性とは、視認される程に価値、いわば能力を失う希少属性である。
以前、リグモレスで遭遇したルクセラートがそれにあたる。誰にも視認されずに、あの空間に存在していたルクセラートの強さは異常だった。それこそ、黄金属性の特徴と言える。
無限の価値を有し、朽ちることがなく、見た者の価値を奪い去る。その文面から察するに、視認されることで能力を失うのではなく、視認したモノの能力を奪うということ。
正に、無限の価値を有する黄金属性と言うことだ。
希少であり、価値を損なうことも無い唯一無二の神器。価値あるモノを求め、独自の王国を創り上げた国王にふさわしい。
「となれば、問題は移動手段だな」
レナはアルテミシアの方を見た。彼女なら何かしらの手段を知っているだろうと考えたのだ。
「うむ……最近ではドラゴンを使った例外もあったが、通常リルデクライム地方ではゴーレムが移動手段として使われるな」
「ゴーレムか……確か地属性の魔導人形だよな。労働力として使われていると聞くが、移動にも使えるのか?」
ゴーレムはその特性上、命の危険を伴う労働環境で重宝されることが多い。戦力として利用する研究も進んでいたが、実用には至らなかった。とは言え、適材適所でその真価を発揮している。
「そうだ。特に移動用に調整されたタイプが存在する。リセレンテシアとリルデクライムの中継地点で借りられるはずだ。ただ、使われる機会は少ないようだが……私達なら問題はないだろう」
アルテミシアがわずかに苦笑いを浮かべたが、それ以上は詳しく語らなかった。
「あとは経路だな。アウラ、ノクトフレイズの具体的な位置はわかるのか?」
「残念ながら、はっきりとした場所は知らぬ。ただ、ノームにある程度近づけば探知できるじゃろう。とはいえ、サンデラノトスの砂嵐は特殊でな、魔力を乱し、探知を妨げる。日中彷徨って行方不明、と言うのはよく聞く話じゃな」
「……よくある話なのか?」
レナは顔をしかめて尋ねた。
日中彷徨って行方不明がよく聞く話ときた。
冗談じゃない。
「一般的にはな。我々の能力をもってすれば問題はないだろうが、気を抜けば危険であることに変わりはない。気は進まぬが、1つ、強硬手段が無いわけではない」
「なるほど……まあ、強硬手段とやらを使わずに済ませるよう最善を尽くそう」
レナ達は互いに頷き合うと、サンデラノトスへの道を急いだ。
砂漠の奥に隠された真実と未知なる人物に会うため、覚悟を新たにしていた。




