第八章 6 『心の価値』
アウレオはアステリアに渡された魔道具を机の上に置いた。
形状は細身のブレスレットで、色は表現が難しいが、半透明の銀色と言うのが一番近い。遠目に見たらただのブレスレットである。
「……これが移動手段?」
レナが以前利用したレリックは、鏡の様なゲートと指定された地点間での転移を可能とした。正直、このブレスレットによる転移を想像をするのは難しい。
「結論から言うと、この魔道具一つで好きな場所に転移する。そのような便利な代物は今のところできていない。レナは一度体験したと思うが、レリックによる転移を再現することが出来る。まず、転移の原理じゃが、最も簡単に表現するならば、座標の入れ替えじゃ。この拠点にあるレリックの座標と、転移先の遺跡の座標を交換している。そして、座標を交換するためには、双方の魔力供給が必要となる。遺跡の場合、常に魔力供給が行われており、こちらのレリックが魔力供給されるのを待っている状態だった、ということじゃな」
腕を組みながら真剣な様子で話を聞いていたゼルグは魔道具を手に取る。
「こいつが二つあれば、魔道具の使用者同士が入れ替わるというわけだ。そして、魔道具は座標として機能するためにその場に残る。だから身につけることが出来る形状にした。ちなみに魔道具が二つ、使用者が二人いなくても座標の交換は可能か?」
「理解が早くて助かるのう。この魔道具には魔力を蓄積する機能と、時間経過で発動させる機能が搭載されている。使い道は限定されるが、可能じゃ」
「ほう……そいつは良い。だが、本当に良いのか? 俺に手を貸して後悔するかもしれねぇぞ」
「後悔など、したところで世界は変わらぬ」
アウレオは目を閉じ一呼吸置くと、ゆっくりと瞼を開いた。
「……モルドレッドよ。お前さんが道を踏み外すと言うのであれば、勇者はそれを許さぬ。否、モルドレッドも許さないじゃろう。それは、不変の摂理じゃ」
「……はっ。ったく、笑えてくるぜ。俺らなんかよりも、お前の方がよっぽど神に近い存在思えてくるぜ。なあ、アウレオ・アルヴァイス……お前の目的はなんだ? そこまで知っていて、アスタロテ・ランヴェレダードのことを知らないとは言わせねぇぜ?」
「……アスタロテは古くからの旧友じゃ。わしが唯一不老不死の術を行使したのがアスタロテ・ランヴェレダード。アスタロテが下界にいながら上界の最高権力を獲得した時、私は迷わずに不老不死の術を行使した。それが世界の均衡を保つ唯一の道じゃった」
「均衡を保つだと? 神位権限魔法士がである以上、"洗脳"は完了している。それを不老不死にさせただと?」
冷静だったゼルグは声を荒らげる。
アステリア達はアウレオを護衛する体勢を取り、そんな様子に気づいたゼルグは再び座りなおした。
「洗脳はされておらぬ。わしはこの"不老不死の術"を完成させた時、生涯行使しないと決めていた。じゃが、アスタロテにあることを条件に、不老不死の術を行使することを提案された」
アウレオは続く言葉を口に出せずにいた。
ゼルグは何となく察している様子ではあるが、そんなゼルグよりも、レナの顔色を窺っているように見えた。
「──アスタロテ・ランヴェレダードに心は存在しない」
「わしが……不老不死の術をか行使する時に、アスタロテの心を破壊した。そして、それは今ここにある」
アウレオは、自分の胸に手を当てた。
アスタロテの心を破壊し、その心が自分の中にあると言う。突拍子もない話だが、比喩でもなく、事実なのだろう。
「……なるほどな、お前が不老不死でありながら、今も"下界の賢者"と呼ばれる程の人物であり続ける理由が分かったぜ。不老不死であっても、心はそうはいかない。だからこそ、アスタロテの心を利用することで存在を保っているというわけだ」
「……その通りじゃ。わしは、アスタロテの心を利用して生きている。アスタロテの心の性能は常軌を逸していた。だからこそ、選ばれたのじゃろう。わしは、生命を弄ぶだけでは飽き足らず、自分が存在するために旧友の心をも利用したというわけじゃ。この話はレナには聞かれたくなかったのう……」
レナのことを気にしていたのは、軽蔑されることを気にしていたのだろうか。
「──心の価値を一番理解しているのはアウレオだ。詳しくは聞かない。けれど、オレには大切なものを守っているように見える」
心が無いというアスタロテもクロスティア学院の学院長をしている。
おそらく、他にも方法はあったはずだ。そんな中、自身の中に心を留めるという選択をした理由と、"心を利用する"などと言う言い回しに違和感を覚えた。
とても、自分の為にとる手段とは思えなかった。
「……ありがとう。レナには救われてばかりじゃな」
「さて、今回はこの辺にしておこうかのう。レナには鍵を渡しておこう。リセレンテシアの経路からであれば入ることが出来る」
「ありがとう。連れてきたい人物がいるから、そのうち連れてくるよ。きっと驚くと思う」
レナは微笑んだ。
幼い獣人の少女が、アウレオと二人で魔道具の発明に没頭している光景が、淡く浮かんだ。
「ほう。レナの推薦か、興味深い。楽しみに待っていよう。魔道具も十個ほど渡しておこう」
そして、ゼルグの方を向くと、
「ゼルグよ、お前さんが何を成そうとしているのか分からぬが、それがこの世界の為になるのなら。わしの子供達が幸せに暮らせる未来に繋がるのなら。わしは協力を惜しまない。また来るとよい」
「ああ。アウレオ・アルヴァイス。お前の話を聞けて良かった。今後の俺の計画も見直す必要がありそうだ。お前には仮が出来た。武力が必要なら力になるぜ」
アウレオはゆっくりと頷いた。
二人はアステリアから魔道具を受けった後、アウレオ達に見送られ、賢者の拠点を後にした。




