第八章 5 『異端者の二人』
賢者の拠点にて、アウレオ・アルヴァイス、ゼルグ・エインドハルグ、レナは向かい合い腰掛ける。
アウレオもそれなりに背が高いが、セルグという大男がいても圧迫感を感じないほどに、意外にこの拠点は広い。
ハルモニアはいつも通り、アウレオの後ろで行儀良く立っていた。アステリアは怪訝な顔でゼルグを警戒している。ゼルグはそんな視線など気にもせずに視界の端にいるルインへ意識を向けていた。
「さて、自己紹介は不要そうじゃが、早速要件を聞こうかのう」
「確かに理由があってお前に会いに来た。だが、今しがた要件が増えたところだ。そいつは何だ?」
ゼルグは視界の端にいるルインへと視線を向けた。ルインは一瞬威嚇するが、何かを思い出したように冷静になる。
「元セラフィス階級のガーディアンであれば、知っているじゃろう。ルインは"クラリアス"じゃよ」
「クラリアスについての情報は多くない。クロスティア学院に俺がいた時、セラフィスどころかアイズ階級にすらクラリアスのガーディアンは到達することが出来なかった。だが、そいつは違う。そいつだけじゃねぇ、今ここにいるクラリアスは俺が知ってるクラリアスとは別物だ」
「ルイン、アステリア、ハルモニア、ティシュトリアはわしが生み出したクラリアスであり、クロスティア学院に在籍するクラリアスは学院の施設で生み出された個体じゃ。量産型クラリアスとも言われておる」
「ほう、つまり量産型クラリアスは質が悪いということか?」
「否、わしの設計に穴など存在しない。質が悪いなどと言うこともない。じゃが、量産型に調整されたクラリアスの心は複製することに特化しておる。これだけ話せば察しの良いお前さんにはわかるじゃろう」
複製することに特化した心。それは、様々な意味を含んでいる。"特化"する必要があるということは、そうしなければ複製は難しいとも言い換えられる。そこに、ゼルグが"質が悪い"と表現した原因があるのだろう。
「ああ、もう良い。それに、俺が本当に聞きてぇのはそっちじゃない」
「ルインのことじゃったな。話した通り、クラリアスじゃよ。レナには話したが、そもそもわしは"女神"をこの手で作りたいと願い、クラリアスを生み出した。ヒトの心の構造は完全にわしの頭の中に入っておる。そうじゃな……分かりやすく言うと、心には様々な色、音、形があるとしよう。その要素の全てを調整することで"ヒト"を超えた存在を生み出そうとした。それは、自然的には現れることのない存在である」
「やっぱり、相当ネジが外れてやがる」
ゼルグは珍しくも呆れながらに眉をひそめた。女神を作ると言う発想も、心を調整すると言う手段も、少し狂っているくらいでは思いつかない。誰が言ってもそれは等しく妄言の類だ。
「で、そいつはお前が言う"心の調整"を失敗した結果というわけか?」
ゼルグの問いに少しの間沈黙するアウレオ。適切な言葉を探しているようだった。
「ルインはわしが一番最後にが生み出したクラリアスじゃ。わしが女神を作るのを諦めた理由でもある。心の調整は完璧じゃった。ルインはヒトの領域の外に足を踏み入れておる。さっきお前さんが見た、ルインの変異。わしは"反転"と呼んでいる。今が通常の心であれば、もう一つは反転した心。それはオモテかウラ、共存することは出来ない。共存させるためには二つの心が必要じゃ。じゃが、わしに一人の器に心を二つ与えることはできない」
「クラリアスの心は物理的に存在する核なんだろう? おまえの技術力を持ってしても不可能なのか?」
「断言する。不可能じゃ。わしの能力とは関係なく、ふたつの心を身に宿すことは生物の性質上ありえない。ありえないからこそ、わしは作りたかったのじゃろうな」
「なるほどなぁ……ところで、賢者。俺に聞きたいことがあるんじゃねぇか?」
「……お前さんは確かに通常とは異なる心を持っておる。エリュシオンと同じじゃ。不思議なことに、心が二つあるのう……そして、肉体も二つあるようじゃ」
その言葉を聞いた途端、レナはゼルグの体温が上昇したのを感じた。その原因は怒りでは無い。目的のモノを見つけた高揚感にも似たナニかである。
「……肉体が二つあるだと?」
七神の化身を探しているゼルグは、エリュシオンではなく、肉体について問いかけた。言葉とは裏腹に、何か知っている上であえて質問しているようだ。
「本来、心と器は引かれ合う運命にある。わしに聞くまでもなかろう」
「はっ、違いねぇ」
ゼルグの見透かした態度に、見透かした対応をとるアウレオ。
「で、そろそろ本題の要件とやらを聞かせて貰えるかのう」
「移動手段が欲しい。何か良い方法はないか?」
「なるほど……いいじゃろう。長距離の移動に最適な魔道具がある。アステリア、持ってきてくれ」
アウレオはすんなりと承諾した。その対応が意外だったのか、ゼルグは僅かだが、意表を突かれた様子だ。
「理由は聞かないのか?」
「わしはレナを信じておる。お前さんの隣りにレナがいることで説明はつく」
「……説明がつく、ねぇ。……ったく、どこまで見透かしてんだか。まあ良い、そういうことならありがたく利用させてもらうぜ」
ゼルグは呆れながらも、すこし柔らかな声色で答えた。
表に出れば、異端者と言われる二人の会話は、噛み合っていないようで、どこか一点では共感している、そんなようにも見えた。




